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zoom RSS 海 小川洋子 新潮社 

<<   作成日時 : 2006/11/14 01:28   >>

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画像小川さんの短編集です。
うん。キラキラしてます。言葉の一つ一つが、小川に沈み込んだ小石のように
水気を含んで光ってる。この言葉たちに魔法をかけられ、気持ちよく酩酊する
ことができる。前にも書きましたが、小川さんの文章は、とっても肌に合う。
長編も素敵ですが、こういう短編の小さな世界に旅に出るのも、いいですね。
色合いの違う風景の中に佇んで、それを心に映していると、やさしい水が
胸に流れ込んでくるように思えます。いろんな現実にへこんだところや、
ひび割れた部分に、しみこんでいくような気がいたします。
装丁も爽やかで、この表紙の「海」という活字が、とてもくっきりと、美しい。
印象的な表紙です。

「海」
結婚を約束した泉さんという彼女と、彼女の実家に挨拶に行く。
なんだかぎくしゃくした、作り物めいた家族の食卓の中で、ひたすら
空虚な言葉が飛び交う、白々とした気配・・・。
「僕」は、戸惑う。愛する彼女と、この家族との間をつなぐ糸が、みつからない・・。
しかし、心をつなぐ鍵は、彼女の小さな弟が持っていた。
海の生き物から作った「鳴鱗琴」という楽器を、この世界でただ一つ鳴らす
ことができる、弟・・。海からの風が奏でるというその音を捉える彼の唇に
「僕」は愛する人と、同じ形を見つける。
この二人のおだやかな会話が、寄せては返す波のように、ひたひたと
沁みこんできます。この弟は、もう小さくはないんですが、泉さんが
彼のことをなぜそう呼ぶのかが伝わってくる。小川さんの書く「弟」って、
いつも何か失ってしまったものを大事に持っているような、気配がありますね。
二人でおだやかな眠りにつく夜・・・。
眠ることを「小さな死」だと言った、誰かの言葉を思い出します。


「風薫るウイーンの旅六日間」
せっかくウイーンに行ったのに、観光もできずに、年配の「琴子さん」に
振り回されて、ずっと養老院に通うはめになる・・。
しかも、昔の恋人だと思って泣きもって送ったおじいさんは、別の人。
うわあ、こんなんかなんわ、というシチュエーションながら、「あり得る・・」とか
思ってしまいました。少し困った小川さんの顔を想像して、おかしくなったり。
違う人の死を看取ってしまった、と動転する琴子さんにいう、一言。
「どんな名前の人にだって、見送る人が必要です」
最後に琴子さんと「私」の立場が逆転してしまうのが、面白い。


「バタフライ和文タイプ事務所」
「薬指の標本」を思わせる、硬質でエロチックな世界です。
この、「糜」や、「膣」「襞」という漢字から、深いメッセージを
嗅ぎ取る嗅覚は、小川さん独特の感性。そこが読み応えがありますね。
何千という活字を一人で管理し、並べていく活字管理人の指を思う「私」。
イメージから沸きおこる「言葉」の力にあふれた一篇です。
この活字に対するこだわりは、小説家としての嗅覚なのかもしれません。
吉行淳之介氏も、よくそのあたりを書いておられました。文体を強く持って
おられる方は、やはりそこにも拘るもんなんだわ、とそんなところにも感心
しました。


「銀色のかぎ針」
エッセイみたいな、短い短編。海の輝きと鈎針の銀色が美しい。
一瞬だけ触れ合った人のことって、すぐ忘れてしまう。
でも、それは、優しい時間ですよね。一瞬だからこそ。


「缶入りドロップ」
幼稚園バスを運転する、男の不器用なやさしさ。
読み終わったあと、からん、ころん、とやさしいドロップの音がしてきそう。
こんな短い短編で、運転手の男の不器用な生き方ややさしさを掬い取って
しまうところが、さすがですねえ。


「ひよこトラック」
母親が亡くなってしまってから、言葉を話せない少女と、毎日空虚な
出迎えの言葉を発して生きている、ホテルのドアマン。
その二人に紡がれていく、無言のつながりが、心地いい。
いっぱいにひよこを積んだトラック。それを、見る二人。
「その瞬間、二人の間に、身振りでもない、もちろん言葉でもない、ただ、ひよこ、
という名の虹がかかった」
この二人、なんだか「星の王子さま」の、王子さまと飛行機乗りみたいやな、と
思いました。本当に大切なものは、目に見えない・・。じっと抜け殻を見つめて
心を通わせていく気配が、好ましい。その言葉にならない関係を、言葉で綴る
小川さんが、とてもいいと思います。実はこれを読んだ日、私はちょっとした
ことでがっくりときてまして。何度も、直接的な言葉ではなく、相手を傷つけまいとしながら
伝えようとしてきたことが、どうしても相手に伝わらない、その苛立ちに、じくじくしてました。
そんなときにこの一篇を読んで、なんだかふっと心に落ちるものがありましたよ。
なんちゅうか・・伝わる人には言葉にしなくても伝わるし、ダメな人には何をしても
あかんねんなあ、と。分かり合うことは、難しい。だからこそ、分かり合える相手という
のは大切なものですね・・。この美しい物語を読んで、そんなことを思った自分が
ちょこっと悲しいですわ。


「ガイド」
観光ガイドをしている母親に、一日付き合ってツアーを回るはめになった少年。
つまらない一日になるはずだったのに、一人の詩人に出会う、忘れられない一日
になる・・。この少年、母親、シャツ屋の小母さん、皆、どこかいびつで
はみ出している。自分だけのこだわりがあって、そこがはみ出してるもんだから、
うまくこの人生を転がれない。そのちょっとゆがんだ形が重なったとき、そこに
綺麗なハーモニーが生まれるような、そんな感じ。そのハーモニーの最後の環が
この老詩人なのかも。心がぴったり重なった一日は、忘れがたい一日。
「思い出を持たない人間はいない」
記憶は時に曖昧になったり、人を傷つけたりするけれども、それを持っているという
ことが「人」ということなんやなあ・・記憶を刻んだこの体も、いつかはなくなってしまう
けれども、それを共有する人がいる限り、それはなくならない。
そうやって少しずつ溜まった小さな記憶が、私達のDNAに言葉にならなくても
沁みこんで蓄積されて、心になっていくのかも。・・・なんてことを柄にもなく
考えてしまったお話でした。

イメージの喚起力、というものがどこから生まれてくるのか。
言葉、という曖昧な不完全な道具を、小川さんはどう構築して確固たる自分の
世界を作り上げるのか。
こういう短編を読むと、その謎解きをちょっとしてもらったような気になります。
さりげない雰囲気ですが、ここにある小宇宙は、踏み込めばどこまでも
踏み込める。何度も読んで、深く旅したいものです。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
海 小川洋子
装幀は吉田篤弘・吉田浩美。 2004年を中心に各誌掲載作品7編を収めた短編集。 ...続きを見る
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なに、なんでもないことだよ。 心でみなくちゃ、物事はよく見えないってことさ。 (サン・テグジュペリ 『星の王子さま』より) ...続きを見る
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☆☆☆☆・ 海小川 洋子 (2006/10/28)新潮社 この商品の詳細を見る キリンはどんなふうにして寝るんだろう-。 『新潮』掲載の表題作ほか、「博士の愛した数式」の前後に書かれた、美しく奥行きの深い全7作品を収録する。この世界 ...続きを見る
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蒼のほとりで書に溺れ。
2008/10/23 22:43
「海」小川洋子
昨日に続いて小川洋子の短編集。 この作家は何を読んでもレベルが高い。    【送料無料】海 [ 小川洋子(小説家) ]価格:380円(税込、送料別) 「海」 結婚の挨拶をするため、彼女の実家に行く。 鳴鱗琴(メイリンキン)は、どんな音色なんだろう。 その可能性は無限… ...続きを見る
りゅうちゃん別館
2012/09/25 09:49

コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
「ミーナの行進」があまりにも良かったので、短編集も手に取ってみました。小川さん、短編だとこういうアプローチをされるのですね。私が特に好きなのは、「風薫るウィーン−」と「ガイド」です。ERIさんのひとつひとつへの見方が深いですね。小川作品への愛を感じます。
「パパとムスメ」、ほとんど同じ時間にコメント、トラバされていたみたいで、いっそう親近感アップです(笑)。こちらは、表面から隠れていたので、探すのに手間取られたのでは?。うれしかったです。ERIさんのところもコメントが多く着いてるので、ちょっと言い出しにくいのですが、「12星座」私も持ってますので、お手すきになられたら、コメント、トラバをどうぞ。私は今日はもう遅いので、明日以降にさせていただきますね。
藍色
2006/11/20 03:42
>藍色さん
愛が強すぎて、ほんまに主観バリバリのイタタな文章になっちゃって。
どうもね、愛するものを語ると、イタタになっちゃうんですよ〜。
「12星座」トラバさせていただきました。

小川さんの書く外国は、本物の外国とは、またちょっとずれているような気がします。あくまでも小川ワールドの外国で。小川さんというフィルターを通した外国が、なんだか心地いいですね・・。
ERI
2006/11/20 23:05
『バタフライ和文タイプ事務所』
わたしもすぐに『薬指の標本』を思い浮かべました。
同じ静謐さが漂っていましたね。
和文タイプって、ワープロやパソコンにはなし得ない ひとつひとつの文字の力を大切に感じられる道具なのかもしれません。
ふらっと
2006/12/14 06:59
>ふらっとさん
「和文タイプ」というものの実物を私は見たことがなくて。写真くらいでしか知らないのですが、今はもう使われていない、言葉を綴る機械、というのがいかにも小川さんらしいですよね。技術の習得はほんとに大変だったらしくて。
ところが、今はその技術も役にたたない。失われた言葉がその中にたくさん詰まっていそうです。
ERI
2006/12/14 22:56
こんばんは、ERIさん。
私も好みというか、文章が好きです。
「海」など、単純なストーリーなようだけど、
だんだんと奥深い物語になっていく、上手いというか、酔います。
モンガ
2007/01/24 23:38
 小川さんの文章、私もすごく好きです。
 淡々とクールなようで、あたたかくて、
 なんか沁みますよね。
 装丁もステキでした。

 http://blog.goo.ne.jp/miyukichi_special
miyukichi
2007/05/07 00:05
>miyukichiさん
コメントありがとうございます。
小川さんの文章が、私は生理的に好きです。感覚で、心にそのまま沁みこんでいくようで。装丁も良かったですね。シンプルで、優しくて。
やっぱり小川さんの本は、買ってしまいます。
ERI
2007/05/10 01:10
ERIさん、こんばんは(^^)。
活字に対する想いが物語になるなんて、思ってもみませんでした。しかもとても官能的な方向で。物語を作り上げ、活字にして世の中に出す作家さんならではの発想かもしれませんね。
私は「ガイド」に少年の清々しい成長を読みましたが、それぞれの登場人物の織り成す音をハーモニーとして捉えるERIさんの文章、ぐっときました。
なるほど…こういう読み方もあるのですねぇ。
水無月・R
2008/10/23 23:18
>水無月・Rさん
こんばんは♪活字の組み方や、その選び方、ひらがなと漢字の配分って、作家さんによって癖がありますね。というか、そこに癖のある作家さんが、私は好きなんです。その人だけの文体がある、っていうことですよねえ。小川さんは、今、文体を感じさせてくれる数少ない作家さんです。小川さんにしか書けない文章・・素敵ですよね。私が小川さんの文章にハーモニーを感じたのは、彼女の文章の質感のなせる技かと。
匂い・・手触り、色や、輝き。私にとっては最上のご馳走です。
ERI
2008/10/24 01:14

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