おいしい本箱Diary

アクセスカウンタ

zoom RSS 真鶴 川上弘美 文藝春秋社

<<   作成日時 : 2006/12/02 00:52   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 6 / コメント 7

画像昨日書いた「東京公園」は、読んでいる間中、ずっと心おだやかでいられた。しかし、この「真鶴」は、なんとも疲れた。いや、疲れた、というのとはちょっと違うのかな。消耗した。あれ?一緒か。この主人公の京には、ずっと一人の女が「ついて」くる。漢字をあてると「憑いて」なんだと思うんだけど。これを読んでいる間中、私が京に「憑かれて」いるように感じてしまい、読みながら、そのまま眠り込んで、物語の続きらしきものを、夢で見たりした。自分と京の境界線が、段々「にじんで」くるように思われ、一緒に真鶴をふらふらしてるようだった・・。川上さんのこういう路線の小説を読むと、いつもそうなってしまう。その点では、「夜の公園」の系譜に繋がると思うのだが、より言葉は深く強く、読者を翻弄する。

川上さんの言葉の強さを、ひしひしと感じてしまった。言葉、というのは不完全な道具で、それだけでは、細かいニュアンスや感情がダダ漏れになってしまう、たくさん穴があいているわりには、小さすぎたり大きすぎたりする、なんとも厄介な入れ物だ。それを使って、どう自分の世界を構築し確固たる物語の世界を積み上げるのか、それが作家の力量。川上さんの言葉は、生きて、体温を持って、うごめいて、こちらの輪郭を少しずつ侵食していく。どれもこれも、日常でいつも使っている言葉なのに、川上さんの世界の中ではそれは特別な色を帯びて、こちらを挑発する。挑発された思いははじけることなく、私の中に溜まって、そこでまた何かを形作る。どうやらその言葉から分泌されて溜まったものが京という女の形になったり、「ついて」あるく女になったりするような。
これはよくあることなのかもしれませんが、こう・・。自分というもんがここにちゃんといるんやろうか、なんて考えたことはないですか。自分の手が、他人の手に見えたり。ここにいる、という感覚が鈍くなる。自分だけが、ちょっと違う乗り物に乗っている感じ。割と昔から、そんな離人感にふいっと落ちることがあるんですが、ここに描かれている京の、そして「ついて」いる女のさまよう感じが、それに非常によく似ていて、それこそ「持ってゆかれ」そうになりました。真夏の夜の、真鶴の海に・・・。持っていかれる先には、なにやら大きな虚無と永遠がありそうな気配。その底知れなさとおだやかさの前にある、この生きているという体に粘りつくあれこれ。その粘りを、ここまで書いてしまう川上さんに、畏怖の思いを抱きました。

主人公の「京」は、文章を書いて暮らしている。夫の礼は、十年以上前に失踪したまま、行方がしれない。母と娘の「百」と一緒に暮らし、青茲という恋人がいる。いなくなって、なお京を支配する礼への思いに、今日は常に支配されている。礼の手帳に書かれていた「真鶴」という地名に惹かれるように、彼女はたびたびそこを訪れる。難しい年頃になってきた娘の百と、そして礼と全く違うタイプの恋人の青茲。その、今一緒にいる人との関係と、今はいない礼への感情。それが京という一人の人間の中で、様々にうごめき、たゆたいながら形を変えたり不変だったりする、それを克明に追う小説だと思う。したがって、やはり粗筋らしき粗筋はない。あるのは、ひたすら京の感覚の世界なんである。これがもう・・川上さん、これは女なら物凄くわかるけれども、これは文字にしていいんですか。これは女同士の、言ってはならぬ、秘密の約束事ではなかったですか。これは、男の人に教えてよかったですか、と聞きたくなる恐ろしい感覚のリアリズムに満ちているのである。

「かたちあるものに欲情することは少ない。少なくなった。」
「頭とからだが別なのかと思っていたが、ほんとうは、からだだけなのだった。
頭はからだの部分なのだった」

・・こうやって抜き書くと、またニュアンスが変わってしまう。初めから最後まで、川のようにうねり、ながれていく文章は、全てを支えあい、緊密な関係を形作っているから。子どもを産むときの、奇妙な感覚。性を交わすときの、あれやこれや、何もかも。恋人と、今ここにいない夫が、実在する、しないという枠を超えて彼女の中で入れ替わり続けること。理屈ではなく、それは全てからだというものが捉える感覚の世界なのだ。理由がないから、それは抜き差しならない。女が、女という肉体を持って生き、呼吸している中に潜んでいるぬめりのようなもの。それを、言葉で書いてしまった、ということに脱帽してしまう。特に子どもを孕み、出産し、育てていく過程に生まれる感覚のリアリティは、「そうそう、このままやん」という骨身にこたえる感じ。

しかし、ここに描かれている女としての感覚がリアルさを増せば増すほど、なにやら、心はそこから逸脱してさまよう。自分が女であるということの中で、それに翻弄されることに疲れてしまったように。京は、今の私と同じくらいか、もう少し上の年齢。女としての営みは自分の娘に受け継がれようとしている。そのうち、今一緒にくらしている母親のように、女とは少し違った生き物になってしまうだろう。その、自分が女としてさまよってきた道をたどる京に寄り添い、会話を交わすのは、もしかしたら先に女でなくなってしまった母であるかもしれないし、この土地に性を積み重ねてきた女の幻なのかもしれない。夜の海で燃やされてしまった船のようにいつか消えてしまう、そんな自分の性への、様々な感覚と気持ちがこの一冊に凝縮されているようだ。これは、女にとっては、リアルに満ち溢れたコワい小説だが、男の人にとってもコワい小説なんではあるまいか。お尻に帆かけて、逃げたくなりませんか?(爆)


あ〜・・。難しいなあ。なんだか、書けば書くほど、自分の書きたいことからはずれていくような気がするし。
その捉えがたさが、また川上さんなんだけど。好きなんだけど、こんなにレヴューが書きにくいお方は、珍しいですよ。

「礼、遠いいつか、あなたとも、会えるのね」

魂だけになって会う逢瀬は、やっと心安らぐものであるかもしれない。肉体、からだ、というものに支配される人としての悲しみの気配がいつまでも胸に残る小説だった。川上さん、あなたは凄いです。

おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(6件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
真鶴*川上弘美
☆☆☆☆・ 真鶴川上 弘美 (2006/10)文藝春秋 この商品の詳細を見る 失踪した夫を思いつつ、恋人の青茲と付き合う京は、夫、礼の日記に、「真鶴」という文字を見つける。“ついてくるもの”にひかれて「真鶴」へ向かう京。 ...続きを見る
+++ こんな一冊 +++
2006/12/02 08:45
真鶴 川上弘美
装丁は大久保明子。装画は高島野十郎「すもも」(画像との違いは文末で補足)。 「文学界」2005年2月号から2006年5月号初出。 ...続きを見る
粋な提案
2006/12/03 02:36
川上弘美【真鶴】
ひらがなの多い文章。ちょっと読みにくい。 ...続きを見る
ぱんどら日記
2006/12/15 11:31
川上弘美「真鶴」
ここかしこ つかずはなれず きおくれず  ...続きを見る
空想俳人日記
2007/05/31 06:59
真鶴 川上弘美
真鶴 ■やぎっちょ書評 なんとか今年最終に間に合いました。読みきった!今年はとても読んだ年でした。 真鶴。てっきり人の名前かと思ったら冒頭から「地名」であることが判明。早速googleマップを見てみる。 ぎりぎり神奈川県なんですね。 地図を拡大してみると文中に.... ...続きを見る
"やぎっちょ"のベストブックde幸せ読書...
2007/12/31 23:27
真鶴<川上弘美>−(本:2008年49冊目)−
真鶴 出版社: 文藝春秋 (2006/10) ISBN-10: 4163248609 ...続きを見る
デコ親父はいつも減量中
2008/04/01 00:10

コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
どうして「真鶴」なんでしょうね。
行ったことのない場所なのだけれど、海へと続く道を歩いてみたくなります。
川上作品には、ほんとうに読みながら「川上さん、そこまではっきりさせちゃっていいの?」と思うことがたびたびあります。
しかも、はっきりさせてしまっているのに曖昧なゆるい雰囲気なところが、妙にゾクリとさせられもします。
ふらっと
2006/12/02 08:49
>ふらっとさん
そうなんですよ。どうして真鶴なんでしょう。どこかに、川上さんのインタビューとか、あったら読んでみたいな、と思います。

はっきりさせてるのに、やっぱり「にじん」ちゃってるんですよねえ・・。
そのにじみ具合が、またコワい。どうしてもにじんちゃうものが、どうして書けるんでしょう。う〜ん・・・。
ERI
2006/12/03 00:20
川上さんが真鶴を選んだ理由、私も知りたいです。巻末に資料がありましたので、このお祭りの内容が作品のイマジネーションになったのかも・・・。

・・・あまりにも深い深いレビューでびっくりしました。この作品、境界のあいまいさに翻弄されました。本当に大切なものは何か、を突きつけられるような部分も重く、不思議な、でも惹かれて止まらない物語でした。
“かおやからだをぜんぶあまさず、えがくことができる”(私の記事であえてそのまま表記)のように、ひらがな書きがあちこちに見受けられたのも印象に残っています。
藍色
2006/12/03 03:16
>藍色さん
深い・・でしょうかね?自分では書いているうちに段々取りとめなくなっちゃった感じです。川上さんの世界の中を堂々巡りしていたような気が・・。
ほんとに、なぜ惹かれてしまうのか、そこも言葉にしにくい。自分がくるっとひっくり返されてあらわにされてしまうような気もしました。

ひらがなの持つニュアンスと、濁点、そしてあちこちで見受けた言葉と言葉の間の空白が、また印象的。空白に語らせることができるって、これまた凄いですよね。
ERI
2006/12/04 00:51
図書館で予約したものの、一向に連絡がないので何かの手違いでとばされちゃったかも?と諦めていたらやっと順番が回ってきました。

内容的にこういう読み方は…と思いつつ、おもしろくて一気読み!
すごいよねぇ、川上さんは。
いわば「女であるということ」というネタだけで、こんな物語を書いてしまうんだから。
そう…
京に限らず、女にはいろいろのものが“ついてくる”。
ちょっと鬱陶しいけど、わざわざ追い払うほどでもないそれらもろもろに、
時に追い詰められ、また時にはなぜか励まされてしまったりもしながら
たまには少しの秘密をかかえて
それでも女は日常をごくあたりまえに生きていく。
この人の本を読む時だけは、女でよかったなぁ、とつくづく思う。

真鶴…
真相は知らないけど、何だかズルズルといろいろついてきそうな響きの地名ではあるよね(笑
)

S
2007/06/23 20:56
こんにちは♪ERIさんにすすめていただき、喜んで手にした本でしたが、いやぁ・・手強かったです(笑)
エネルギーを吸い取られて、心ここにあらずな状態になってしまったり、良くわからない不安感に陥り、脱落しそうにもなりましたが(笑)でも、読み終えた後のこの快感はなんなんでしょう・・・うふふ(笑)
女だからこそ・・女にしか、わからない感覚・・。
業が深〜い生き物ではあるけど、どんなことでもしなやかに自分の中に吸収することが出来る『女』であることが私は好きですね。しかし、この本の感想を書くことは、いつもに増して難しいです。う〜〜ん(汗)
川上さん。実は初読みでした。ERIさんに、鮮烈な出逢いをさせていただきました<(_ _)>

2010/05/20 10:01
>花ちゃん
川上さん初読みが「真鶴」とは、一番ディープな所から始めましたね〜(^◇^)
身体的な感覚とか、一番言葉にならない所を、川上さんは見事に言語化するんですよね。私も、今度生まれ変わっても「女」がいいな、と思います。この「命」と生で繋がる感覚は、女でないとわからない所がありますよねえ。
川上さん、私はとても好きな作家さんです。他の本も、読んでみて下さいね♪
ERI
2010/05/21 16:37

コメントする help

ニックネーム
本 文

記事一覧

真鶴 川上弘美 文藝春秋社 おいしい本箱Diary/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる