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zoom RSS クリスマスの幽霊 ロバート・ウェストール 坂崎麻子 光野多恵子訳 徳間書店 

<<   作成日時 : 2006/12/22 02:07   >>

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画像年末は忙しい・・。更新もままならず(汗)

でも、もうすぐクリスマスですね!!
そこで、急にはまってるウェストールのクリスマスの本を・・・。去年書いた「クリスマスの猫」もそうなんですが、彼のクリスマスはちょっと苦い。その苦さが、またウェストールなんだなあ、と少しわかってきた。いつもちゃんとリアルに「生きている」現実があって。幼い子どもを描いても、その生活に、豊かさと貧しさと幸福と理不尽が満ち溢れてる。その中で汗を流して生きている人間に、彼は常に敬意を捧げて物語を紡いでいく。この本を読んで、その原点は彼の家庭と幼少の頃の思い出にあるんだ、ということがわかったような気がする。
そう思うと、ほんまに「家庭」って子供にとって大切なもんなんやな、としみじみ思う・・。私は子供たちに自分の芯となるような家庭を与えられているだろうか。

イギリスの田舎町に住んでいる「ぼく」。
季節は心浮たつクリスマス。生き生きとした、血の通ったクリスマスの風景・・。このあたりの下町のクリスマスの風景は、ディケンズの「クリスマス・キャロル」を思い出す。ご馳走が並ぶ屋台。きらめかしいクリスマスの飾り。買い物でごった返す人々。生きている喜び・・・。家では母とばあちゃんがクリスマスのご馳走を作っている。(この家庭料理の美味しそうなこと!!)毎年、当たり前のように繰り返される風景。
しかし、「ぼく」は知っている。この光景の中にも、ひっそりと暗い影がにじんでいることを。クリスマスの華やかさな人の群れの中に、失業してしまったり仕事を見つけられなくて厳しい冬を迎えている人たちがいることを、ぼくは敏感に感じている。そして、自分達の生活を支えているのが父親であることが
十分にわかっている。ウェストールの作品を読んでいると「父性」というものがいつも大きな存在であるような気がする。それは安心であり、少年を守る砦。この物語の父親は、ウェストールの父親そのものであるような気がする。

クリスマスの街を横切って、ぼくは父にお弁当を届けにいく。
父の働く工場は、ぼくにとって魔法の城のようなもの。
さまざまな色に変わる薬品の匂いと、強いコークスの匂い。
あちこちで繰り広げられている、呪文のような言葉たち。
その中で彼の父親は、職長をしている。それは少年にとってウキウキするお使いになるはずだった。
しかし、工場のエレベーターに乗ったところから、その気分はおかしくなってしまう。そこで、ぼくは、この工場を作ったオットーの幽霊に会うのだ。そこでオットーに出会うのは、不吉なことらしい。以前にその後で命を落とした人もいるらしい・・。そのことを人前で伝えてしまったために不機嫌になった父親に追い返されそうになるぼくなんだか、そこではたと気がつくのである。もしかして、事故にあうのは、自分の父親ではないのか?そう思ったぼくは、自分の世界が崩れ落ちるような恐怖を覚える。父親がいなくなってしまう、それは自分の宇宙をなくしてしまうようなもんだから。勇気を振り絞って彼はまたエレベーターに乗る。そして、幽霊の言葉を聞く・・・。
このシーンはリアルで、これが少年にとってどれだけ勇気のいることであったかがひしひしと伝わるシーンである。
そこで、ぼくは、工場のある部分が危ないところを知るのである。それを、真摯に伝える態度に、父親も、一緒に働く同僚たちもまたそれを真剣に受け止める。そして、結局その彼の勇気が工場のみんなを救うことになるのだ。


この本にはウェストールの「幼い頃の思い出」が収められている。これを読んでみると、「ああ」と思い当たることが多い。
よくぞ、これを訳してくださったものだと思うのだが、その中に、自分の住んでいる一区画から出ることを両親が許してくれなかった、とある。大切にされていたんだなあ。子どもにとって、自分の生きている狭い世界が全宇宙。しかし、その小さな宇宙は、子どももにとって人生そのものを孕むほど大きなもの。その中で自分の感性を信じ、まっすぐ自分を通した少年の勇気がまぶしい。
少年の一筋の勇気。それはクリスマスの夜にこの世界を照らし出す希望の光かもしれない。この物語に出てくるおばさんが云う。神様はなんにもしないと。ただ見ているだけだと。
私も時々そう思う。見ているだけではなく、時に残酷すぎるのかもしれないと。しかし、人間がそう思うのは、きっと神様からしたら勝手な理屈なのだろう。
神様とはまず理不尽なものであるらしい。理が通らない存在に
あれこれ云っても始まらない。私達は自分の世界で右往左往して生きていくしかないのだから・・。
その中で何を信じて生きていくのか。その子どもの羅針盤になるのが父親なのかもしれない。子どもにあんな風になりたいと思わせる父親。強く、守ってくれるもの。誇らしくて、そこにいるだけで心が落ち着くような・・・。
その父を自分の力で助けたとき、その誇らしい気持ちで、少年は一歩父に近づいていくんだろう。父から子へという魂の伝達・・・。その絆が力強い芯となってピンと張っているような素敵な物語だった。こうやって父親の背中の見える子は、幸いだ。今の子は、自分にどういう将来があるのか非常に見えにくいことが多いような気がするから・・。
先の見えない海に、羅針盤なしで進むのは辛かろうな、と思う。それだけに、こういう本を読んでほしいと痛切に思う。



おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=001165


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