おいしい本箱Diary

アクセスカウンタ

zoom RSS 獣の奏者 王獣編U 上橋菜穂子 講談社

<<   作成日時 : 2007/03/22 16:28   >>

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

画像なかなか更新できない・・。
早くこのバタバタがおわりますように(祈)

先日この一巻を読んで続きを物凄く楽しみにしてました。

一巻のレビューは、こちら → http://oisiihonbako.at.webry.info/200702/article_5.html

きっと厳しい展開になるんやろなあ、と思ってたんですが、やはり
そうででした。命、自然というものが持つ理(ことわり)の厳しさ。
その理を超えようとしてしまう人間という存在の愚かしさと可能性という
二つの真実。王獣という特別な存在を通して描かれるこの世界に
私はすっかり虜になって、読み終わったあと、しばらく呆けてしまったのでした・・。
特に、この物語のラストシーンには泣かされました。この本を故あって
新幹線の中で読んでいたのですが、もう泣いてしまい、恥ずかしくて顔をあげられないほど感動してしまった・・。


自分の力で王獣・リランと語り合い、意思を伝えあうことができるようになった
エリン。決してリランを笛と薬で支配せず、野生のままに育てたいと願うエリン。
そのエリンに心を許し、いろんな言葉を語りかけ、背にエリンを乗せて飛ぶまでに
成長したリラン。そして、リランは保護されてきた野生の雄・エクと交尾し、子を産む。
しかし、そのせいでリランのことが王宮に知られるところとなり、そこからエリンとリラン
は政治という大きな輪に巻き込まれていくことになる・・・。



政治という、人が作りだしながらも、人を押し流す大きな力に巻き込まれ
エリンはいわゆる「切り札」「政治的存在」になってしまう。
そんな時、母の一族であるアーリョ(霧の一族)から聞かされた、神々の山脈の
向こう側で起きた古の物語。それは、闘蛇と王獣を人間の力で操ることで
生まれた、殺戮の歴史だった・・。

生き物は、動物は、自分という矩(のり)を超えない。
闘蛇は闘蛇のままに、王獣は王獣のままに、自分の本能というテリトリーを
超えることがないのだ。それは自然の掟であり、だからこそ自然は全ての秩序を
整えて、見事なバランスでまるでそれ自体が一つの生き物のように無理がない。
ところが・・私たち人間、言葉というものや抽象的な思考・知能と、果てしない暗闇を
抱えた心を持つ人間だけが、違う存在なんだよなあ・・・。
闘蛇は他の生き物を食べ、王獣は、その闘蛇を食べる。
それは、彼らにとってなんの不思議もない当たり前のことなのに、そこに人間の
思惑がからむと、一気に自然の理を超えたただの殺戮となる。
人間も自然の一部であり、そこから抜け出しては生きていけない存在であるのに
関わらず、なぜかその壁を超えようとする。その矛盾。
その矛盾こそが人間の悲しさ・・・。
エリンは、リランという天翔る自然そのもののような存在に、自分という人間の
存在を植えつけてしまった。初めは喜びでしかなかった、人と動物の気持ちの
通い合い。しかし、あるとき、エリンはいとも簡単にエランに傷つけられてしまう。

―この世に生きるものが、なぜ、このように在るのかを、知りたいのです。


こう書いたエリンが、様々な渦に巻き込まれて知った真理は、生き物の孤独だった。
星と星が、同じ空にいても決して交わらないように暗闇の中で自分の命を燃やすだけ・・。
そう思うエリンの胸を噛む悲しみが、痛い。
ここに書かれているのは、人間と動物という種族を超えたふれあいの限界だけれども
それはそのまま、言葉を持って心を交わせるはずの人間にもあてはまる。
誰も傷つけたくないと思いながら、やはり闘いに巻き込まれていく悲しみのように。
どうしても分かり合えない、どうしても理解できない、または心が通っていると
思っていても、それは明日どうなるのかわからない・・・。
それでも最大限の努力を惜しまず、血で血を洗う悲劇を回避しようと勤めたにも
関わらず、やはり大量の血を流さずにはいられない人間達の中で、
母と同じように死んでいこうとしたエリン。

そこで、初めに述べたようなラストシーンがくるんです。
ネタバレがいやな人は、読まないでくださいね。

その、自らの一生を閉じることを覚悟した彼女のところに、誰に命令された
わけでもないリランが羽ばたいてくるんです。そして、闘蛇を簡単に切り裂くその
くちばしを、エリンを傷つけることがないように優しく使って、彼女をくわえて飛んで行く・・。
絶望の果てにやってきた、たった一つの希望。
物言わぬリランの優しさが伝わってくるんです。
超えることができないはずだった、生き物の掟としての壁。
その壁を乗り越えた、奇跡の瞬間・・・。

それは奇跡ではあるけれど、ただ待っていて叶った奇跡ではない。
それは、エリンが知りたい、理解したい、分かり合いたい、とひたすら願い、自分の思いを
貫いてリランに語りかけ続けた結果のこと。奇跡は、自分の思いを貫いてかなえるものなの
だな、と。打算や計算ではなく、ひたすらの思いで・・・。
そして、その思いは、生き物としての存在の仕方は違えど、リランも同じだったのだと
いうこと。
この、分かり合うのが難しい、もしかして自分の声や思いなど、どこにも
届きはしないのだと思ってしまうこともある、人という生き物。
でも、そこであきらめてはいけないのだ、ということを教えてもらったような
気がします。どんな絶望の淵に立っても、やはり思いを投げかけることが
人としての生き物が、そのありのままで生きていくための道なのかもしれない。
人間の悲しみと、それでもひたすら生きていこうとする美しさが、胸に沁みて離れない。
上橋先生、すてきな物語をありがとうございました。

おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php






テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
ナイス ナイス
面白い

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文

記事一覧

獣の奏者 王獣編U 上橋菜穂子 講談社 おいしい本箱Diary/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる