この本を、図書館で予約してから、随分経ってしまっていたので自分でも忘れてしまっていたくらいなんですが、 なんとも、タイムリーな時に来たなあ、と・・・。 読め、っていうことなんやろうなあ、と今日はこれに一日埋没しておりました。 22日、光市母子殺害事件の犯人に、死刑判決が下りました。 この判決は、順当だろう、とテレビの報道をみながら思ってました。 世論的にも、ほぼそういう感じですよね・・。 この犯罪は、もう体中に虫唾が走るほど許せない種類のもの。 殺した後に、強姦をする・・そして、赤ん坊を殺すという残虐さ。 そして、弁護する側が最後に持ち出した理論は、どうしても 女として、許せないものだった。 だから、当然だと思ってました。 でも、これを読んで、そういう風に私が安易に「当然だ」と思うことが 危険なことなのだろう、と思ったんですよね・・。 森さんは、3年をかけて、この死刑という問題に、取り組んでおられるんですよね。 たくさんの人に会い・・それこそ、政治家、弁護士、被害者、そして、死刑囚の人、 死刑から生還してきた人、もう、ありとあらゆる立場の人に会い、話を聞き、 死刑という制度の意味をずっと自分と相手に問い続ける。 死刑は、存続すべきなのか、廃止すべきなのか。 そして、答えは出ない・・。 最後まで、理論としての整合性を持つ答えは出ない。 そして、森さんは「いやだ」という、人として、最も言葉にならない感情で、この 問題の結論を書くしかなかった。 僕は彼らを死なせたくない。論理ではないし、情緒でもない。 ありとあらゆる角度から問い続けた結論がこれであることに 私は、戸惑いはしたのだが、こうとしか云えなかった森さんの 歩いてきた道は、理解することができた。 死刑は、報復なんである。その報復を、国家として命を奪うという行為を システマチックに行う、ということで、踏みにじってしまうたくさんのものがある。 命を奪う、という行為を正当なものとすることに対する根源的な矛盾。 しかし、一方で、殺されてしまい、それこそ理不尽に 踏みにじられてしまったものの気持ちは、どうなるんだという思い。 この問題を突き詰めていくと・・。結局、その二つの間で、 私たちは揺れ続けるしかないのだろう、 例えば、この本の最後のほうには、その光市母子殺人事件の、殺された 女性の夫である木村さんの、森さんの問いかけに対する返事が載っているのだが、 世間で、死刑存続の旗頭のように扱われている彼にしても、 自分自身の事件については明晰な答えが出ても、死刑全般について、と なると、やはり、簡単に答えは出ない。その文章に、真摯な苦悩がにじむのだ。 だとすれば、私たちにできることは、何だろう? ・・・流されないことかもしれない。 この本でも、何度も繰り返されているが、マスコミの報道は、深く問題を 追求することなしに、自分達の恣意的な方向に向けて、 一方的に編集されていることが多いらしい。 ステレオタイプに嵌めたがる・・。それを鵜呑みにしてしまっては、いけないんだな、やっぱり。 私は、どうするのだろう。例えば、自分の家族を殺されてしまったら。 ・・答えはやはり出ないけれど。 あと、これを読んでいて、答えの出なかったもう一つの問い。 「償い」とは、なんだろう。何をもって人は自分の罪を償えばいいのだろう。 この、答えの出なさを、かみ締めることが、命を考えることなのかな・・。 なんともこのレビューも、噛み切れなくてすいません。 でも、これで精いっぱいでした。 重いですね、考えれば考えるほど・・。 おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php |
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