![]() 久しぶりに読んだこの小説は、大人の寓話・・御伽噺。 昔、確かに自分にもこんなことがあったような、懐かしさを 感じさせる佳篇でした。 これを読んだのは、大学生の頃だったか・・。 あの頃は、この物語に書かれている、ホリーの自由さに惹かれた。 ホリーを、羨ましいと思った。 いろんな小さなことで、いつも考え込んでる自分から脱出したかったからかな・・。 ホリーは大人で、したたかで、自分から自由を求める強い女に見えた。 ところが、あれからウン十年たって読んだこの物語のホリーは、帰っておいで、って 声をかけたくなる、小さな少女のようだった。 こんな風に、人のスタンスは変わってしまう。 自分の心に映るホリーの変化、つまり自分の変化にちょっと驚いてしまった。 これが、本を再読する、ということなんだなあ。 幸運を祈るわ。そしてね、ドク、ひとこと言わせて。 私たちは、この現実と自分の折り合いをつけて生きている。 それが生きるという事だし、いつも現実に縛られる。 守らなければならないもの、背負わなければならないものばかりが 増えていく。だから、こんな小さな物語が愛しい。 男の子のような短い髪の、愛されても、抱かれても誰にも属さない女。 人の心の間を、ふらふらと彷徨う彼女は、この物語の中で、絶対に どこにもたどり着かない。その足取りのおぼつかなさと、笑顔のはかなさ、したたかさ。 彼女は、カポーティの描く、誰もの心の片隅に息づく聖女なんだなあ・・。 聖女って言い方は違うかな。 どこか遠くにおいてきた、あの時に、拾って抱きしめたかった、子猫。 その温もりの忘れがたさを呼び起こす見事な物語だと思います。 ホリーはどこにもたどり着かずに、永遠に旅をする。 私たちは、心のどこかを、そのホリーに預けて、そっと永遠の旅に送り出す。 「僕」がホリーに渡したティファニーの金貨は、その心の一部のようですね。 細部まで張り巡らされた、繊細な糸が織り成す物語の美しさを、じっくり味わいました。 春樹様の翻訳は、やはり美しく、流麗でございます。 読み巧者だからこその、訳でしょうね。 ホリーは、飛び続けなければならない、鳥。 自由を道連れに、私たちの代わりに旅をし続ける。 その姿に、私は、カポーティの孤独も重ねてしまう。 多分、どこまで行っても一人だった人。 その孤独が抱えるイノセンスが私は大好きだ。 装丁も綺麗で、図書館で借りたんですけど、買ってもいいかな、と思ってます。 時々、ホリーに会って、そして、見送りたくなりそうだから。 おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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久しぶり。 |
S 2008/05/03 22:59 |
>Sちゃん |
ERI 2008/05/04 00:31 |
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