![]() 豊島さんの小説を読むのは、何作目なんだろうなあ・・。 この人の物語の独特の居心地悪さ(褒めてます)に始めは ちょっと異物感を感じたもんなんですが、最近は、私にも豊島さんの 毒が回ってきたのか(褒めてます)これが、気持ちよくなってきました(笑) そう、居心地悪いんですよね。 決して心穏やかな世界ではない。 人が人として生まれて来たときから背負っている、 宿命のような居心地悪さ。 ・・とまで言うと、大袈裟かな。 例えば、最後の「僕と桜と五つの春」。 美しく、特別なオーラを放つカナハギと、不器用で、 パシリをさせられている、僕こと、吉谷。 桜の化身のような彼女と、ぱっとしない、でも、真っ直ぐな愚鈍な僕。 見た目も、生き方も、何もかも違うけれども、でも、その生き難さは、やはり同じなのだ。 動物や植物って、ただそこにあるだけ、生きているだけで、非常に自然で、 あるがままに美しい。 でも、なぜか、人間だけが、そうはいかない・・。 特に、子供から、大人に向かうときの、あのどうしようもない 居心地の悪さと、ぎくしゃくする大変さ。 それでいて、一番、生き物としてのパワーが満ち溢れている、生臭さ。 けっこう、この二人は、しぶとくもあるんですよね。 カナハギは、自分をアイドルという場所において、不特定多数から向けられる 欲望に傷つきながらも、自分の場所を探していく。 そして、吉谷も、どれだけカナハギに傷つけられ、周りにバカにされようとも 彼女のことを「好きだ」と言ってしまえる、それを彼女に伝え続ける。 生き物としての、悲しみと、しぶとさ。 それが、非常に生々しく提示されて、しかも 血の通った詩情になる、独特の回路を、豊島さんは持っておられると思います。 グロテスクの匂いが微かにするのも、またいい。 微かに、という配分が、また非常に難しい匙加減で、豊島さんが これを計算しておられるのか、どうなのか。 そのあたり、ちょっと聞いてみたいような気もします。 塀の向こうに、誰にも見つけられずに凛然と咲く桜の若木の樹液の匂い。 生きるということの、みっともなさの中に、キラリと輝くもの。 この輝きは、豊島さんにしか見つけられない。 それを教えてもらえることに、私は、最近とみに喜びを覚えるようになってきました。 何となく、惹かれ続けて読んでいるうちに、ふっとウロコが落ちるように 自分が何に惹かれていたのか、見えてくることがある。 それがまた、小説を読む面白さでもありますね。 おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php |
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