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zoom RSS 灯台守の話 ジャネット・ウィンターソン 岸本佐知子訳 白水社

<<   作成日時 : 2008/06/25 17:22   >>

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・・・わたしは日が暮れるまで灯台に残った。去るとき、太陽は沈みかけ、
反対側の空に満月が昇ろうとしていた。わたしは両手をのばし、
片方の手に沈む陽を、もういっぽうの手に昇る月をおさめた。
わたしの金と銀、わたしの人生からの贈り物。人生という贈り物。・・・


スコットランドの海。岩と荒い波。強く吹く風。
もちろん、私はそんなところに行ったこともなく、見たことも
ないのだけれども、この物語を読んでいる間、ずっと私は
北の海の音を聴いていた。
その海が、何日もかけて語り伝えてくれてような、物語。

主人公の女の子・シルバーは、崖の上に、突き刺さるように
建っている家に、母と二人で住んでいた。
その家から出るときは、しっかりと命綱で体を結び合うほどの
崖の上なのである。ある風の強い日、母親は足を滑らせ、娘を
巻き添えにしないために、自ら命綱を切って落ちていってしまう。
孤児になったシルバーは、年老いた灯台守のところに引きとられる。
海と灯台以外、何もないそこで、盲いた灯台守のピューは、シルバーに
毎日物語りを語って聞かせる。灯台守は、決して消えない光、つまり物語を
紡がなければならないから。
そこで語られるのは、ジキルとハイドのように自分を裏切り続けた
男・ダークの物語だった・・。

物語は、シルバーの物語と、ピューの語るダークの物語が複雑に
交錯して、「綴る」という言葉に相応しく物語られる。
引いては寄せるたびに、波打ち際を洗う波のように、繰り返し語られるのは
自分を欺いた罰を受け続けたダークの物語。
愛する娘を疑ってしまったばかりに、偽りの仮面をかぶり続けなければ
ならなかった男の、悲痛な物語だ。
シルバーが聴いている波の音を感じながら、このダークの物語を読んでいると
「愛」というものが、途方もなく彼方にあって、おぼろげに霞む幻のように
はかなく思えてくる。その思いは、シルバーという「孤独」を常に背負う少女の
中に浮かぶ、見知らぬ「愛」に対する憧れと重なって、心に霧のように纏いつく。
しかし、運命は、シルバーに安息の地を与えない。

灯台は、ある日自動化されることが決まり、灯台守のピューとシルバーは
灯台から出ていくことになる。ピューは、シルバーを置いて旅に出てしまう。
一人きりになったシルバーは、本と鳥を盗む不安定な気持ちを抱えながら
自分だけの物語を綴っていかねばならなくなる・・。
そこから、シルバーがどうやって生きていったかは、深く語られない。
物語は終盤に差し掛かって、「詩」のように語られ、具体性をなくしていくので
粗筋、という形で紹介することは難しくなってしまう。
それは、一人で生きていかねばならないシルバーの困難さの暗示かもしれない。
繰り返し鳥を盗む逸話は、シルバーの中に潜む「不在」を象徴するかのようだ。
しかし、どうやら、シルバーは、最後、降り注ぐ光の中で、自分という人生を、
自分だけの物語を見つけることができる。
彼女が手にした「愛」は、やはり非常に儚げで、不安に満ちている。
しかし、この世に、それ以外の「愛」はありえないかもしれず、このシルバーが
手に入れた光のような確信は、誰かを愛し、愛される確信ではないのかもしれない。
誰かを愛し、愛される瞬間を積み重ねる、自分の人生の物語に対する
確信・・。何億年という暗闇に挟まれて、一瞬輝く「生」の輝きに対する確信。
それを手に入れるまでの少女は、なんと果てしなく旅をしなければいけなかったことだろう。
この終盤の文章は非常に魅力的で、何度読み返しても溜息をついてしまうほど。
この繊細な文章を訳された岸本さんの手腕に脱帽です。
シルバーの孤独を、ゆっくり海が抱きかかえて包み込んでいくような
不思議な安らぎに満ちています。難解な一面もあるこの物語ですが
ぜひ、ここまで読んでいただきたい。


訳された岸本さんも書かれているが、この灯台のあるソルツの海の情景は
見たこともない私に郷愁を起こさせるほど素晴らしく、美しいです。
そこを読むだけでも、価値がある本。久々に、文章の魅力を心ゆくまで
感じることのできる一冊でした。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。この本のことを何かの番組か記事の’お勧め’としてチェックしていて、図書館ではずっと貸し出し中でそのままになっていました。こうして新たにこちらで_文中に使われる言葉が素晴しい_と聞くと又読みたい気持ちが巡ってきました。近いうちに読もう。
又こちらによる時に、何か忘れているような事思い出させてもらうかもしれないですね。では。
sato
2008/08/14 12:28
>satoさん
こんばんは♪読みたい、と思ったままになってる本というのが、ありますよね。私のレビューがきっかけになったとしたら、とても嬉しいです。また、ふらっとお立ち寄りくださいね。
ERI
2008/08/14 21:56

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