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zoom RSS 風の靴 朽木祥 講談社

<<   作成日時 : 2009/04/01 10:09   >>

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画像少年の日々の、輝くような、三日間。
先日読んだ「ベルおばさんが消えた朝」に、
死ぬ前に、もういちどだけ過去に戻っていいと
思える一日・・というような言葉がありましたが。
この物語の主人公・海生と、その親友の田明が
過ごした、この三日間は、きっとそんな時間
だったろうと思います。大阪の片隅で、この物語を
読みながら、私の心は鎌倉の海に飛んでおりました。

海と、空と、風。
どこにでもあるけれども、この手には捕まえられない、遥かなもの。
誰の心の中をも吹き抜け、その有りようを映し、語りかけてくれる
大きくてかけがえのないものが、さりげない言葉の形をとって、
この物語の中にある。読んでいる間中、私はとてもそれが気持ち良くて
海の風に、身をゆだねるような心持でした。

僕らの船は、風の靴になって、どこまでもどこまでも駆けていく。
空が海にふれてひとつになり、空が天にとどくはるか高みまで。


主人公の海生(かいせい)は、中学受験に失敗したところで
非常にくさっている。四つ上の、文武両道の兄が簡単に合格した私立中学に、
自分が落ちてしまった。周りから、常に出来の良すぎる兄と比較されることにも
いい加減うんざりしているのだ。ただでさえ、面白くない毎日なのに、
夏休みが始まって間もなく、海生に、ヨットの操縦を教えてくれた、
大好きなおじいちゃんが急死してしまう。サイテーとサイアクの気分の中で、
彼は、愛犬のウィスカーをつれて、親友の田明(でんめい)を誘って
家出を決意する。その家出は、まず、ディンギーという小型のヨットで
風色湾まで。そこまで行けば、アイオロスという、おじいちゃんのクルーザーがある。
風色湾には、秘密の入り江があって、おじいちゃんとの約束の品が
眠っているのだ。二人と一匹でいくはずの旅は、女の勘を働かせて
ついてきた、田明の妹・八千穂もついてくる、はじめからグダグダの
展開になってしまったが、絶好の海日和に導かれて、彼らの三日間が
はじまる・・。

この、亡くなってしまった海の男の、おじいちゃんが、いい男なんです。
この物語の、バックボーンのような存在です。
A級ディンギーのウインドシーカー号も、アイオロスも、今は珍しくなってしまった、
木製の美しい船。アイオロスは、なんと、全てマホガニーで作られた
宝物のようなクルーザーです。自分だけの拘りを持つ彼は、
非常に強い男の美学の持ち主であったという事。海生は、おじいちゃんに
教わったとおりに船を走らせながら、ずっと、心の中にいるおじいちゃんと
会話する。そのおじいちゃんが、この上なくいい男であったことが
海生の回想を通じて感じることができる。
大事な事は、海を通して、おじいちゃんは、海生に全部伝えて
あるんですね、きっと。体を使って覚えたことは、一生忘れない財産に
なりますから。おじいちゃんが海生に叩き込んだ操船術は、一生
生きた哲学となって、彼の身うちに生き続ける。
ご自分も船舶免許を持っておられる朽木さんは、この海の上での
船のあれこれを、非常に詳しく、リアルに書いておられます。
それゆえの疾走感が、素晴らしいですねえ。船を操ることは、海と
会話することなんだと、知りました。

身のうちに抱えたもやもやが、そうやって海と、会話していくうちに、晴れていく。
海や空と会話することは、そこに映る自分自身と会話することでもあります。
そして、気がつくんですね。自分が、たくさんの素晴らしいものを持っていることに。
海と、心置きなく笑い会える仲間と、自分に絶対の信頼を置く犬と。
そして、どこまでも、海の上を走っていける自分と。
これだけ持っていれば、何も怖いものなんかない。
その確信を、理屈ではなく、体で体感していく刻々が、非常に素晴らしい
文章で綴られています。後書きで、神宮輝夫さんも書かれているのですが、
この物語、事件らしい事件は、何も起こらないんです。
もちろん、家出は少年にとって大きな事件だし、クルージングの途中で
遭難しかけている大学生を拾ったりします。でも、例えば、その大学生が
船を乗っ取る・・なんて事もない。でも、一つひとつの場面が、なんとも
美しい。一瞬の「命」のきらめきに満ちている。
そう・・私たちが、生きて美しいと感じる瞬間って、こういう事なんだと
思えるきらめきです。そのきらめきを支えるのは、上質なユーモアを
湛えた、端正な朽木さんの文章の力。そして、物語の背景に湛えられて
いる、豊かな精神です。この文章を読んでいると、この言葉たちを
生んでいる精神に、非常に豊かな教養と知性、人として大切なことを
考え抜かれている、揺るぎない普遍的な価値観を感じることが出来る。
その価値観、美意識を感じ、心がとっても気持ち良い。

今の、この時代は、不安に満ちています。
人が、人を信じることが、非常に難しくなっている。
全ての価値観が揺らぐ。醜いことが多すぎる・・・。
特に、大人たちがダメダメです。
そんな大人たちを見て、子どもは、何を目指せばよいのか
わからなくなってしまうんじゃないか・・そう思います。
この物語のおじいちゃんのような存在に憧れ、こうなりたいと
思うこと。それは、何とも幸せなことだと思います。
この物語の中で、私たちは、そんな豊かな精神に触れることが
できる。これは、物語が与えてくれる、なんとも贅沢な時間。
世界に対する信頼。人間という存在に対する信頼。
明日に向かって生きようとする、幸福に向かおうとする意志の
尊さ。それは、人に与えてもらうものではなく、自分で見つけて
培っていくものだという事を、海生は、おじいちゃんと、仲間と、
海に教えてもらうんです。風を読むのは、自分自身でしかない。
それを知っていく三日間を、五感と質量を
そなえた言葉にされたことが、とても素敵だと思います。

そして、この海生は、カリエールが描くような美少年ですからね〜。
眼福もいただけるというおまけ付きでした。
そして、この物語は、あちこちに、まだ語られていない、たくさんの物語を
内包しているようです。そんな素敵なおじいちゃんと、なぜか仲良く
過ごせなかった海生の父親の物語。外国暮らしが長かったおじいちゃんの
過去。知りたいなあ・・。あまり自分を語らなかった、遭難しかけた大学生
風間譲の物語も知りたい。「かはたれ」「たそかれ」のように、続編が
あるんでしょうか・・。読みたいですねえ、それが。是非書いて頂きたいです。
そして、個人的に、この海生の愛犬・ウィスカーが、可愛いのなんの・・。
しまった、やっぱり息子たちには、犬を与えておけばよかったと
心底思いました。「かはたれ」のチェスもお気に入りでしたが
朽木さんは、物いわぬ動物を書くのが、非常に上手い。
愛情をこめた眼差しに、胸キュンでございました。ワンちゃん大好きな人は、
絶対楽しいと思います、この物語。装丁も綺麗でした。
おじいちゃんのクルーザー、アイオロスの停泊している「風色湾」が
なんとも心惹かれる場所で、私は実在しているところなのかと思って
グーグル検索してみたという(笑)海生のように心がもやもやした時には
この本の頁をめくって遊びに行こうと思います。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
風の靴
 『かはたれ』、『たそかれ』と、たぐいまれなファンタジーを紡いでくれた朽木祥さん ...続きを見る
1day1book
2009/04/01 21:46
「風の靴」朽木祥
先週出版された、朽木祥さんの新作です。 ...続きを見る
Grog is not a frog
2009/04/02 08:29

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
リアリズムでもファンタジーでも、朽木さんの描かれる文章は、本当に磨かれていますね。

安心して物語に入って、存分に楽しませてもらえる贅沢がありました。眼福もたくさんありましたね〜♪
さかな
2009/04/01 21:58
>さかなさん
そう、安心感があるんですよね。物語に余裕がある。語られない部分に、豊穣な背景があって、すっきり伸びた背骨が揺るがない。眼福といえば、美しい主人公たちとともに、風景や、船・・特にアイオロス号の美しさには溜息でした。ほんとに贅沢な読書でした。
ERI
2009/04/02 01:34
トラックバックさせていただきました。
風色湾のすぐそばに住んでいるものです。素敵な場所ですよ。

この本は、物語も素敵ですけど、本の装丁、表紙、挿絵も素敵ですね。
Grog
2009/04/02 08:33
>Grogさん
はじめまして。TBありがとうございました。
風色湾は、小網代らしいですね。お近くにお住まいとは、羨ましいことです。私は、日本海でしか船に乗ったことがないので、鎌倉の海・・というだけで、うっとりしてしまいます(笑)
装丁がとても素敵でしたね♪ブックカバーを取った色合いもまた美しくて、本から海の光を感じてしまいました。こだわりを持って丁寧に作られた本・・大事にしたいと思っています。
ERI
2009/04/02 22:45

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