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zoom RSS 通訳ダニエル・シュタイン リュドミラ・ウリツカヤ 新潮クレストブックス

<<   作成日時 : 2009/12/19 00:28   >>

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画像この一週間、ずっとこの小説を読んでいました。
あまりにも内容がぎっちり詰まっていて、しかも読みとばせない。
上下巻のがっつりした長さでしたが、緊張感が途切れず。
物語を読みながら、頭の中にいろんな思いが渦巻く、考える読書の醍醐味を
たっぷり感じさせてくれる本でした。

ダニエル・シュタインは、ポーランド生まれのユダヤ人。
実在の人物がモデルとなっています。
奇跡的に、まさに奇跡的にホロコーストをのがれ、通訳として
ゲシュタポで働くことになり、情報を操作することで、数百人のユダヤ人を
虐殺から救うことになる。終戦後、カトリックの神父になって、イスラエルに
渡った彼は、ユダヤ人でありながら、カトリックの神父として
様々な活動に身を粉にして奮闘した。
その一生を、彼の、そして、彼に関わる人々の書簡、またはインタビューという形で
綴った、まさに渾身の物語。
ユダヤ人である彼が、ユダヤ教を選ばず、戦争の名において、ユダヤを弾圧した
ヨーロッパ社会の宗教であるキリスト教を選び、なおかつ、イスラムという文化の中で
強烈な民族意識のもとに国家を作り上げるイスラエルで、神父という活動をする。
その困難さは、きっと、私たち日本人には想像もできないほどの事だろうと思う。
この物語にも、その彼の苦しみが、次々と描かれる。
でも、彼はユーモアを忘れず、愛を忘れず、常にエネルギッシュに活動し続ける。
その根底にあったものは何だろうと、ずっとそれを考えながら物語を読んでいた。
ホロコーストを経験し、恐ろしく大量の血が流される光景と、常に共にいたユダヤ人である彼が
なぜ、キリスト教を選んだのか。それは、彼が、神の子である前に、一人の人間であり
苦しむ人たちと共に生きようとしたイエスという男性の中に、たった一つの光を見つけた
からだったのだろうと思う。何百人という人たちが殺される銃声を聴いた夜のあとで
全てが信じられなくなった彼がたった一つみつけたこの光。
それに全てを捧げようとした、その想いに、胸が痛くなってしまう。

画像

この小説に含まれているものは、膨大で、計り知れない。
宗教、人種、戦争、イデオロギー、そんなものが、るつぼのように渦巻く
ロシアを含めたヨーロッパの歴史が生み出す、矛盾やら、悲劇やら・・。
その只中に放り込まれ、なおかつ、生き延びてしまった彼が背負ってしまったものは
あまりにも大きく、深かった。しかし、彼は、その自分が背負ったものから、一瞬たりとも
逃げずなかった。目をそらさなかった。たやすく滅んでしまう、小さすぎる自分の身をもって、
人間を愛し、思想や宗教や、人種の違いを乗り越えて、共に生きることを追求して
やまなかった。その一生を、彼の背負った罪と傷、弱さも含めて書きあげた
ウリツカヤという人の筆力に感動してしまった。
この人物を書くのに、書簡、という形を取ったのは正解だと思う。
多面的な視点・・立場や生き方の違う、様々な人々の視点から、私たちは、彼の
存在を、その人となりを、探し出そうと想像力を働かせることになる。
初めはぼんやりとしていた、ダニエル・シュタインという人の像が、読み進めるに
したがって焦点があってくる・・その手ごたえが楽しい。
そして彼の数奇で複雑な人生を語ろうとした時、一つの視点では語りきることは
難しかっただろうと思う。そして、ウリツカヤは、この形式を取ることで、まさに語りきれない
問題を、たくさん提示して、残した。
そして、この、20世紀の残した問題たちの生きた証人であるかのようなダニエルが、
一生をかけて、思想や宗教や言語の違う人たちの架け橋となろうとした事が
痛いぐらいに、私たちの進むべき方向を教えてくれているんだろうと思う。
その、果てしない難しさにため息をついてしまうのも、また真実だけれども。

こうして書くと、何だか凄く固い小説に思われるかもしれないけれど、
全くそうではなくて、視点はあくまでも人間のささやかな人生に寄り添う
現実的なユーモアに満ちている。そこが、いい。
私たちは、この、自分の人生の、ほんとにささいな問題でさえ、解決できないくらい
微力な存在だ。この大量の書簡や日記を綴る、ダニエルの周りにいる人々も
その例外ではなく、その人生には、たくさんの、私たちが抱えるのと同じような
悩みや喜びや、苦しみが綴られている。
読んでいるうちに、その一人ひとりの顔が見えてきて、彼らと、彼女たちと友達に
なってしまう感覚に陥ってしまう。
顔が見える。その想いや人生を感じて、喜びや悲しみを一緒に歩く・・。
この気持ちが、全ての理解の根底にあれば、思想や宗教という大きな顔の見えないものに
振り回されずに済むのにな。小説というのは、その「顔が見える」たった一人の人間の
ささやかな人生を、たくさんの人が共有するという、大きな可能性に満ちていると思う。
ロシアという国は、こういう大河小説を生む土壌があるんですよねえ。
トルストイや、ドストエフスキーと並んで、ロシア文学の中の大きな存在になるかも
しれないと思います、このウリツカヤという人は。

大掃除を怠け、猫とぼんやり昼寝してばかりいる癖に、大きなことを書いてしまったなあ(笑)


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