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zoom RSS オール・マイ・ラヴィング 岩瀬成子 集英社

<<   作成日時 : 2010/02/28 01:56   >>

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画像例えば、「昔、ビートルズが好きだったな」
「いや、私はローリング・ストーンズ」
「ベイ・シティ・ローラーズもいたよねえ」とか、
自分が若い時に好きだった音楽の事を、ふっと思い出す事が
あると思う。私たちの世代なら、ABBAに、カーペンターズ、
ベイ・シティ・ローラーズ、キッス、なんていうパンクのグループも
あった。サイモン&ガーファンクルとか。
私も生まれて初めて買ったレコード(レコードですから・爆)は
ビートルズの「ヘイ・ジュード」だったと思う。
ジャニス・イアンや、ロッド・ステュワートもよく聴いたなあ。
高校に入ると、ピンク・フロイドとか、TOTO、
アース・ウインド・アンド・ファイアー、ジャズを聴くようになって、
マイケル・デイビス、ハンク・ジョーンズ、ビル・エヴァンス、
ちょっと思い出しただけで、種々雑多な音楽をたくさん聴いた。
どの音楽も大好きだったけど、この物語の主人公の小夜子が
ビートルズに想いをかけるような「好き」ではなかったなあと思う。
ビートルズが好き、というだけで眉をひそめられてしまった小夜子の
気持ちが、この年になって、若いアーティストが大好きになってしまった
自分と重なって(笑)うんうん、と頷きながら一気読みしました。

時代は、1960年代。中学生の小夜子は、14歳。
母を病気で亡くしてから、父と姉との3人暮らし。
ある日、台所のラジオで「シー・ラブズ・ユー」を聴いてから
熱烈なビートルズファンになる。でも、その想いを共有できるような
友達も周りにはいなかった。ところが、ある日、白石さんという
転校生が東京からやってくる。大人びた印象の彼女は、
「ビートルズの矢が胸に刺さった人」だった・・。

1960年代である。
もう、今に比べると、なーんにもない。
インターネットなんて、想像もできない時代。
CDも、iPodも、DVDレコーダーどころか、ビデオレコーダーもない。
音楽を聴くのは、ラジオかレコード。
今みたいに、検索かけたら、You Tubeで曲が簡単に聴けるなんて事もない。
その中で、中学生がビートルズの情報を集め、レコードを買う。
それだけでも、大変な時代だったんだよなあ。
私が青春を送ったのは、もう10年くらい後だけれど、
あの時代の雰囲気と、暮らしの匂いはよく覚えている。
14歳の小夜子の暮らしは、その時代の中学生らしく、非常に
慎ましやかで、もう、読んでいて涙が出そうになるくらい、あの時代が
蘇ってしまった。岩瀬さんの何とも言えない、飄々とした描写力で
描き出される1960年代は、お味噌汁と、ツンとする新品のレコードの
匂いがする。

小夜子は14歳である。だから、毎日が事件に満ち溢れている。
姉の、進駐軍の米兵との初恋でやきもきしたり。
自分も気になる男の子がいたり。毎日通っている文房具屋の
旦那さんが、芸者さんの所に通っていたり。
仲良しになった白石さんの家が、家事で焼けてしまう事件まで起こる。
でも、14歳の小夜子には、出来る事なんて、何にもない。
呆れるほど何にもないのだ。
母親がいない生活の中で、父親が、恋をする姉をどう扱っていいのか
わからず、苦しんでいても。
いつも行く文房具屋さんの旦那さんが、芸者さんに惚れていて、
その芸者さんが、まったく彼を相手にしていなくても。
どうやら、姉の恋が、まったくの方想いだとわかっても。
唯一、ビートルズに対する想いを共有できると思った白石さんが
両親の離婚でこの田舎に来た挙句、家事で焼け出される事になってしまっても。
14歳の小夜子には、全てなす術がない。
いろんな事が見えていても、手を差し伸べる術を持たない自分である事が、
わかりすぎるほどわかる。
岩瀬さんは、その「小夜子」という少女の、心のあれこれを、細やかに
描き出していく。どこにでもいる平凡な少女の中に住んでいる、たった
一つのプライベートな想い。そのディテイルに心を重ねるごとに、
私は、小夜子という少女の日常の、かけがえのなさに想いを馳せてしまう・・。

小夜子が、亡き母の事を語る、近所のおばさんに、心の中で引いてしまう
場面がある。出来あいの言葉で、あの人はこんな人だったね、と語られる
たびに、自分の中のいろんなでこぼこを持っていた母が、つるつるに削られる
気がする・・と思うのだ。まさに、人の心が感じている、たった一人の
自分だけが持つ、この世界への手触りは、こういう事なのだ。
誰にも手を触れられたくない部分がある。
手垢のついた言葉で語られたくない場所がある。
それは、かけがえのない、たった一つのもの。
小夜子の中で輝く、そのたった一つの想いを受け止め、理解し、
「わかってるよ」と抱きしめてくれるのが、ビートルズの音楽。
これはねえ、理屈じゃないんですよねえ。
国も、言葉も、何もかも飛び越えて、音楽で心が結びつく瞬間の
きらめきを、岩瀬さんは、色鮮やかに描きあげる。
そのシーンが、とても良かった。そうなんだよなあ、そうなんだよなあと
独り言をつぶやきながら読んだ。心が震える、というのはこういう事。
だから、自分がどんなに片田舎に住んでいて、英語も出来なくて、
お金もなくて、何にもなくても、小夜子はビートルズに逢わなければいけなかったのだ。
その必死な想いが、わかりすぎるほどわかって、私は、最後に
東京にもたどり着けずに電車に揺られている小夜子の肩を抱いてやりたくなった。
・・・そして同時に、何も出来ず、何も持たない小夜子の若さが、いじらしくて羨ましい。
心に、ビートルズの音楽一つだけを持って電車に飛び乗る事が出来る。
年齢と共に、いろんな事が出来るようになって、愛しいものも手に入れたけれど
年を取るほどに、身動きできないほどのあれこれも一緒にあるから(笑)

冒頭で、中年になった小夜子が、父親の介護をしながら呟く。
「あれもつい昨日のことだ。わたしは十四歳だった」
小夜子が、今でもビートルズが好きなのかどうかはわからないけれど。
十四歳の頃に、あんなに好きな音楽があった、という想いは、ずっと
小夜子の胸に生きているに違いない。
音楽であれ何であれ、心の底から好きなものに出会う事は、
大きな宝物なのだと思う。その宝物が胸に与える痛みまで、
きちんと描きあげた岩瀬さんの細やかな筆が素敵な一冊でした。
表紙の和田誠さんの絵も、とてもいいですね。
・・・こんな風に、ちっさくなって、愛しの彼が私のところにも
きてくれないかなあ(アホ・・)

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