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zoom RSS 幸田文 旅の手帖 幸田文・文 青木玉・編 平凡社

<<   作成日時 : 2010/04/11 00:40   >>

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画像この「旅の手帖」は、幸田文さんの、旅についての
エッセイをまとめたもの。
ここに描かれる「旅」は、決して派手なものではない。でも、その
一つ一つが大切に書かれている。吉行淳之介のエッセイに、
「街角の煙草屋までの旅」というタイトルがあるけれど、
その旅がたとえほんのそこまでの小さなものだとしても、
自分の心が動き、その心を見据える自分の眼があれば
それは「旅」なのである。繊細な感性と、冷徹な作家の眼。
その絶妙な兼ね合いで成り立つ幸田さんの文章に
吸い寄せられるように、読んでしまった。

幸田さんの文章は何度読んでも、はっとさせられる驚きを
含んでいる。特別な事が書いてあるわけではない。
なのに、読むたびに、ほろっと胸に花びらが落ちてくるように
気づかされるものがある。その言葉の強さを支えるのは、
露伴という人と、何十年もの間一緒に過ごした間に蓄えた
物を見る力、感じる力があるのだろうと思う。
この「旅の手帖」の中にも、幸田親子が旅をしながら、
ずうっといろんな話を尽きることなく、していた事が書かれている。
特別な事でもない、車窓から見える風景のあれこれを種に
いろんな話をする。露伴の事だから、話は古典のあれこれ、
あらゆる書物に書かれた「美」に触れただろう。
そんな香気が、幸田さんに沁み込んで、馥郁とした花を開かせたに
違いないと思う。

「菓子」という項の中に、露伴と、出版社の主である何某かの人と
幸田さんとの3人で旅をした時の事が書かれている。
その車中で、思いがけなく某さんの昔の恋の話を幸田さんは
聞いてしまう。何も言えないままに、「包んでしまったまま」終わって
しまった儚い恋。露伴がいう。

人というのはおもしろいねえ。ほんとの気持ちの時には動かない
ことばを遣うもんだ。・・(中略)・・あの「包む」は動かない言葉だな


その言葉を聴いた幸田さんは、某さんに、何か贈り物をしたいと思う。
露伴は年長者 だし、粋な親父だから聞き捨てで良い。でも、中途半端に
聞いてしまった自分がそれを聴き捨てるのは、「すげない」だろうと。
幸田さんは、何も言わずに、「花がたみ」と称した、美しい和菓子を送りたいと
思う。しかし、戦時中のことゆえ、それも果たせずに終わってしまったという。
聞き捨てれば、他愛ない想いで話にすぎない。
しかし、幸田さんの心に、その淡い、「包む」しかなかった恋の情趣、
歳月が経つうちにぼんやりと、でも、ますます美しい恋の花の色が
一瞬、写った。その恋を「包む」という言葉にした某さんの感性に、感じ入った、
それを見捨ててしまうのを「すげない」と思う心根に、はっとした。

この「すげない」という言葉の持つ「粋」が、何としっかり身の詰まった
実感として、幸田さんの中に息づいていたか。
ささやかな心の動きの中に、人間の持つ美や、輝きが隠れている。
和歌も俳句も、そこを非常に大切にしたはずなのに、こんなに敏感な
人の「心」に対する感性を、今の私たちは捨ててしまっているのかもしれない。
失くしてはいけない大切なものが、ある。
そして、いつの時代も変わらない心が、私たちの中にも、ちゃんとある。
例えば、「雨」という項に書かれている、何やら幸田さんを捉えて離さなかった想い。
雨の中をひた走る車中で幸田さんは、得体のしれない、忘れ物をしたような
気分に襲われる。病み上がりの体に、窓をたたく雨と、ガラスを落ちるしずくが
思い出させる身体的な感覚。でも、それが何かは思いだせない。
ところが、タクシーに乗るために、ふと身をかがめた時に、一気にその
思い出がはじける。それは、出産だったのだ。
胎児のポーズを取った、その身体の動きが心に響く一瞬がドラマチックで
はっとした。私も、次男の出産のときに台風が来ていた。
あの時の窓から見た風景と、産室の空気を思い出した。
身体の感覚というものほど、強く思い出に繋がるものはない。
出産というある意味動物的な経験が、言葉に置き換えられるドラマを見せて
もらいました。

幸田さんの文章は、読み返せば凛と響く、大事な心の羅針盤なのかもしれない。
まさに、露伴のいう「動かない言葉」たちが、そこにある。
テーマが決められている分、彼女の感性が際立つ、いいエッセイ集だった。

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