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zoom RSS とむらう女 ロレッタ・エルスワーズ 代田亜香子訳 作品社

<<   作成日時 : 2010/08/06 00:01   >>

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画像今年は、お葬式が多い。
うちの辺りは、なぜかお葬式というと
ほとんど一社の独占市場。
そして、お葬式の司会進行というのは
同じ人がやるようで、行くたびに同じセリフと
節回しで故人が送られていくのを聴くことになる。
この年齢になると、年に数回は必ずお葬式があるので、
覚えてしまうんですよねえ・・。
お葬式というのは、残された家族のためにあるものだと
想うので、全て決まっていて、ただ乗っかっていける
システムがある事は、有難いものなのだと
自分の経験からもわかりつつ、
何となくその名調子を複雑な想いで聞いたりする。

この物語の「とむらう女」というのは、アメリカの開拓時代、
まだ葬儀が商売として成り立つ前に、人が亡くなった時に
家族に頼まれて遺体を整え、埋葬の準備をした「おとむらい師」と
呼ばれた女性たちの事。彼女たちは謝礼をもらわず、神から
託された仕事として、誇りをもってその行為を行う。
日本でも、先年「おくりびと」という映画がヒットしましたが、
この「おとむらい女」というのは、商売が介入しない、共同体のなかでの
埋葬文化として、一番素直に「死」に向き合う形かもしれません。
この物語は、その仕事をする「おとむらい女」の叔母さんが
11歳の少女・イーヴィのところにやってくるところから始まります。

イーヴィの一家は、母を亡くしたばかり。
幼い妹のメイもいる家の面倒をみるために、フロー叔母さんが
ミネソタの家にやってきます。あっという間になつく5歳のメイと
違って、11歳のイーヴィの心はハリネズミのようにとげとげになります。
大好きだった母の場所に、叔母が座るような気がして、叔母の
やることなすことが気に入らない。ママがいなくなってしまったところなのに
すぐに叔母さんになつくメイも気に入らない。パパは優しいけれど
あまり喋らない人で、農場の経営も大変で、イーヴィの心を
解きほぐす言葉をかける余裕もない。
しかも、フロー叔母さんは、「おとむらい女」だというではないか。
この間、ママが死んで悲しい想いをしたところなのに、もう「死」の
話はたくさん。叔母さんがその仕事をする時に持っていく箱に
何が入っているのか、考えると眠れない・・。

幼くして母を亡くしてしまったイーヴィの戸惑い、困惑、悲しみ。
彼女は、死んでしまったママの顔を、ちらりとしか見られない。
失ったものが大きすぎて、それをとてもではないが、すぐに受け入れる
ことは出来ないのだ。だから、叔母さんにもすぐ心を開くことが出来ない。
このあたりのイーヴィの気持ちの揺れと、ささくれ立つ悲しみの
表現は見事で、しくしくする少女の心の痛みがとてもよく伝わってくる。

そのイーヴィを、叔母さんは決して責めない。急がせない。
彼女がとても大切にして、一人で面倒を見ている、ママから
受け継いだ庭に一歩も立ちいらない。
静かに、自分のなすべき事をしながら、イーヴィを見守っていく。
そして、「おとむらい女」として、その地に根をおろしていく。
イーヴィは、そんなフロー叔母さんの仕事に、少しずつ興味が湧いてくる。
叔母さんにおとむらいをして貰った人たちが、心安らいでいるのを見たから。
「死」は、恐ろしくて、悲しくて、近寄りたくないもの。
でも、一方で、ママの死を、自分は一瞬たりとも忘れられないということを
聡明なイーヴィはよくわかっている。
だから、恐ろしくて仕方ないけれど、叔母さんの仕事が気になって仕方がない。
とうとう決心して、その仕事を手伝うことにしたイーヴィ。
ママが死んでから、一度も泣くこともできなかったイーヴィの心を、
ある日、その「おとむらい」が溶かしていく。
やはり、子どもを亡くして死んでしまった若い母の死を、丁寧に
心こめてとむらう叔母さんの仕事を手伝った夜、彼女は初めて
大きな声で泣くことができたのだ。
イーヴィはいつしか、自分もその役割を果たすべきだと思うようになる。
彼女は「死」の痛みを、とてもよく知っているから。

「死」と向き合い、生きてきたフロー叔母さんが、母を失った少女を
黙って見守る静かな愛情。優しい水のように、それが少しずつイーヴィの
中に沁み込んでいく。叔母さんも、そして、イーヴィのお父さんも、
彼女に、決して「いい子」でいる事を求めないんですね。
そこがいいと想う。この世界に不安を持った子どもが、「いい子」で
いる事は、自分の心を殺していく事。悲しみを押し殺すことで、
人はもっとその悲しみに傷めつけられてしまうものだから。
少女がありのままでいる事を許す叔母さんの眼差しに寄り添って、
少しずつ、畏れていた「死」を見つめるイーヴィ。
その心の成長を遂げていく日々がちらちらと輝く木漏れ日の模様のように
美しく、さり気なく描きだされます。
私は、このロレッタ・エルスワーズの文章から、大きな母性を感じました。
母は、命を生みだすんです。だから、たとえ自分が死んでも、自分の命は
終わらない。死者を埋葬する土から、また新しい命が生まれていくように。
母は形がなくなってしまっても、いなくなってしまったわけじゃない。
緑がいっぱいに溢れる庭の手入れをしながら、イーヴィが、命の輝きを
心いっぱいに受け取るラストシーンは感動です。
【死】の視点から命の輝きを描き出すYAの名作はたくさんありますが、
この作品も、その一つに数えられていいものだと思います。
訳はシンシア・カドハタの「きらきら」を訳した代田さん。
さり気ない文章が描く繊細さを、とても心こめて訳しておられるように感じます。

明日は原爆記念日。
また、暑い一日がやってきます。
その日を迎える前日に、この物語が読めてよかった・・・。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
人(や動物もそうなんだけれど)の死を、どう受け入れるか、という、そのプロセスはとても大切なことで、それが丁寧に描かれる作品の美しさを思いますね。「かわたれ」もそうなんだけれど、誰かの死って、一瞬の事件として過ぎていくものではないし、そこから長い時間をかけて回復していくことこそが、ひとつの弔いではないかとも思っています。お葬式は、その過程でのカンフルみたいなものだけれど、より良い回復に向けて気持ちを緩やかにしてくれるものですものね。同じく代田さんの訳では、『きらきら』も死を弔うし、『オリーブの海』も、ある意味そうで、この深淵を描く作品は傑作が色々とあるなと思います。『とむらう女』は、もう少し、ゆっくりと長くてもいいと思いました。
ともお
2010/08/06 12:22
「死」を受容していく事は、人間の一番大きなテーマかもしれませんね。「とむらい」は、残されたものの為にあるんです。きっと・・。その「とむらい」のプロセスは、特に幼い子にとって大事なものだと、この作品にまた教えられました。大人はとかく先を急ぎます。そこでつい、子どもにも「がんばって」とか、言いたくなってしまう。そんな簡単な言葉は、何の回復にもならず、ただ傷つけるだけなのに。叔母さんの慈しみの溢れるやり方に、「とむらう」という行為の持つ、元々の美しさを感じて感動でした。
そうですねえ。もう少し長くても良かったかもしれません。というか、もう少し長く読んでいたかったですね。きっと何度も読んでしまうと思います。
E
2010/08/07 11:44

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