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zoom RSS 獣の奏者 外伝 刹那 上橋菜穂子 講談社

<<   作成日時 : 2010/09/15 00:45   >>

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画像発売されてすぐアマゾンで購入して、むさぼるように
一度読んでまた、初めからゆっくり読み返した。
「刹那」「秘め事」「初めての……」の3篇が収録されている。
「獣の奏者」本編では描かれなかった、エリンとイアルの
恋の一部始終が「刹那」。そして、エサルの若き日の恋が描かれる
「秘め事」。親子3人の幸せな一瞬が描かれた「初めての・・・」。
どれも、おかしいほど心に沁みて、忘れられない一冊になった。

実は、私はこの「獣の奏者」、「探究編」と「完結編」のレビューを
書いていない。・・2巻を同時に買って一気読みし、心震えて
感動し・・しかし、あまりにも感情移入しすぎたせいか、
エリンの人生を語ろうとすると、まるで親しい友人の死を
思い出すような気持ちになり、客観的な言葉が出てこなくなった。
書こうとすると、泣いてしまうのである。(痛すぎ・・)
物語は生きている。その「生」は、私のような物語を肌で感じる
人間にとっては抜き差しならないもので、登場人物たちは、
思い入れの深い本ほど、「他人」ではない。
共に人生を生き、いろんな会話をし、自分の一部になってしまった
友人なのだ。特に上橋先生の作品は、私にとってその感が強い。
世界観や主人公たちの生き方にやけに共鳴してしまうからなのか・・。
もちろん、あの物語の中で、エリンがたどった運命は、もう、
あれしかなかったのだと思っている。それは、抜き差しならぬもので
エリンという女性の生い立ち、生き方、そして人間が抗うことの
出来ない、時代という名の波の中で、彼女が精いっぱいに生きた
果てにたどりついた場所だった。池波正太郎さんが、その昔、
「五月闇」という短編で、伊三次という「鬼平犯科帳」に出てくる
非常に人気のあった密偵を殺してしまった事があった。
その時、それは何故か、と聞かれて、「登場人物はそれぞれ、
自分の過去を持っている。その過去が抜き差しならなくなって
しまう時が、作家の意志と関係なく、やってきてしまう」というような
事を述べておられた事がある。池波氏も、上橋先生も、プロットを
書かず、自分の頭に生まれた光景から物語を生みだしていく人。
物語を生みだすダイナミズムはきっと創作の根源的な力なのだ。
だから、その結末には、なるほど、と想いつつ、手元に
「獣の奏者」を置いて、残り2冊のレビューを書こうとすると、
わけのわからない思いが溢れてそのままになってしまっていた。

だから、この外伝は非常に嬉しかった。
エリンの、イアルの、そしてエサルの若き日々の命の輝きが
まっすぐに日が射すように私の胸を照らし、同じように誰かを
好きになったり、子を生み、育てた自分の日々をも照らして
くれたような気がする。上橋先生は後書きで「本編が完成した
あとに生み出したこの本は、自分の人生も半ばを過ぎたな、と
感じる世代に向けた物語になったようです」と述べておられるが
まさに、その通り。そして、その光によって、私は親しい友人だった
エリンの死に、やっと花束を捧げることが出来たような気がする。
重い宿命を背負った悲劇の女性ではなく、同じ女として。
命の重みを背負う共感と、幸せを共に感じた仲間として、
私は再び、エリンに出会えた。それが、嬉しかった。

「刹那」は、先ほども書いたけれども、本編で描かれなかった、
エリンとイアルが結ばれる日々を書いた物語。
タイトルの「刹那」の言葉が持つ意味が、切なく、美しく胸に響く。
本編の「王獣編」の次、しばらくして「探究編」を読んだ時、
エリンがイアルと結ばれていた事は、自分の中で「やっぱり」と
腑に落ちるところがあった。きっと、この二人は理屈ではなく、
惹かれあうところがあるんじゃないか。そう思っていたので。
お互い、様々なくびきを背負った二人。その二人の恋の物語を
知りたい、と思っていた・・その願いを見事に叶えてもらって
心から嬉しく、ノンストップで読んでしまった。

この物語は、イアルの視点から描かれる。
常に「死」の側にいた彼は、セ・ザン(堅き盾)の任から解放され、
「生きる」側に立つ。しかし、彼が感じたのは、戸惑い。
幼い頃から、命を捨てることを前提に生きてきた彼は、
自らの生を、どう紡げばいいのかわからない。
その彼を、「生」に引き戻していくのは、エリンの「生きる力」、
運命に負けない命を生みだす女性の強さ。
二人が抱き合う初めての夜、お互いが背負う過去にためらうイアンに
エリンは「・・・あなたは、人生をあきらめてしまうの?」と問いかける。
「わたしは・・あきらめたくない。・・お願い、あきらめないで」と
訴えるエリンの強さがまぶしい。人は、親を、自分の生を選べない。
ただ、生まれた場所で、必死で生きていく。その理不尽さを
痛いほど知りながら、「命」に向かって突き進む強さが、女にはある。
エリンの想いに突き動かされて結ばれる、祭りの夜の情景がとても
美しくて好きだ。夜を彩る祭りの華やかさと、二人の切ない恋の
刹那が重なって、とてもドラマチック。
結ばれた二人は、やがて新しい命を授かる。その妊娠中と、出産の
大変さがとてもリアルに描かれていて、私はすっかり自分のお産を
思い出してしまった。ほんとにねえ・・お産って大変なんですよ。
私は難産体質なので、二人とも大変でした。だから、このエリンの
苦しみがよくわかる。昔やったら死んでたな、と私も子ども産むとき
思いましたから(笑)そうやって、エイヤ!!と子どもを生む女の営みが
私たちの命を繋いでいくんですよね。
その闘いを見ながら、イアルは、やっと自分の全てを肯定する事が出来る。
自分の過去も苦しみも何もかもが無ければ、今、この命に出会う幸せは
無かった。そう思うイアルの心に泣けて仕方なかった。

やっぱり、命は光なんですよ。仕事でたくさん出会う、赤ちゃんの笑顔を
見ていると、本当にそう思います。生きることは悲しくて切ない事が多くて
親になって子を育てるという事にも、また様々な苦しみはつきまとう。
それでも、私たちは命を生み、育てていく。読みながら、エリンの生を通じて
その営みが、慟哭する声が聞こえるような気がした。切なく美しい物語でした。

続く「秘め事」は、エサルというエリンの理解者であった女性の
若き日の恋の物語。エリンの「刹那」の恋が命を生みだす営みであったのとは
対照的に、エサルの「刹那」の恋は、決して命を生みだしてはならない
秘めた恋。その当時の貴族の女としての生き方を捨て、学問の道に
生きようとしたエサルが、誰にも明かさず自分の中に持ち続ける想いが、
熱い息吹とともに語られるような物語に、胸が熱くなってしまった。
人を好きになるのは、この上なく幸せなことであると同時に、辛いことでもある。
その人が好きであればあるほど・・辛いことも多いのだけれど。
心から一人の人を愛した記憶は、その人の一生を様々な色で彩って輝かせる。
そう思っています。本編には描かれることのなかったこのエサルの恋の
色鮮やかさは、上橋先生のおっしゃるように、人生を半分以上すぎた
私の胸に沁みました。そして、何だかとても愛しかった。
エサルは自分では命を生まなかったけれど、その仕事で、王獣の命を
救い、たくさんの子どもたちを育て、送り出していった。
これもまた大きな母性。人としてのかけがえのない営みだ。
エリンの恋と、エサルの恋。どちらも真剣で、一生懸命で、不器用で。
人が人であることの・・愛しさが、ぎゅっと凝縮されているようだった。

最後の「初めての……」は掌編。子育てに追われる幸せなエリンと、イアルと、
ジェシの束の間の日々が描かれている。
この中でエリンは、ジェシが乳離れできないことに悩んでいるのだけれど、
赤ちゃんにお乳をあげる時の、あの本当に幸せな気持ちを久々に
思い出させてもらって、ジーンとしてしまった。
私はとてもよく母乳が出て、その分やっぱり乳離れが難しかった。
でも、エリンがイアルに言われているように、私も自分がそれを終えたく
なかったんですよね。息子たちにお乳をあげているとき、よく思ってました。
「きっと、自分が死ぬとき、この光景を思い出すんやろうなあ」って。
その時の気持ちが蘇ってきて、胸がぎゅっとなってしまった。
この掌編は、エリンと、イアルと、ジェシへの、上橋先生のプレゼントだなあと
思ったりもする。一生を全力で走り抜けていったエリン。
母を、あんな形で見送り、自分もあの壮絶な最後を迎えねばならなかったエリンを
上橋先生は、心から愛しく思ってらしたに違いない。
その想いが、この幸せな瞬間に溢れているようで、胸がいっぱいになってしまった。

エリンと、エサルは、この世界に命を受け、また命を紡いで、死んでいく
たくさんの女たちであり、私という一人の人間の中にもいる。
人の生は、長い暗闇の中に光る一瞬の瞬き。
でも、その瞬きは、こんなに美しく輝けるんだと優れた物語は教えてくれる。
「人生の半ばを過ぎた人へ」という後書きにも書かれているけれど、
この物語は、人生のあれこれを知った大人の胸の真ん中に届く。
届きすぎて、こんなに長いレビューになってしまったという・・。

上橋先生の次の作品が、とっても、とっても、待ち遠しい。
首をなが〜くして、いつまでも待ってますので、お願いしますね、上橋先生!

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ベストセラーとなりました「獣の奏者」の外伝、 上橋菜穂子「獣の奏者外伝 刹那」です。 ...続きを見る
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2010/09/16 20:42

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