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zoom RSS 妻の超然 絲山秋子 新潮社

<<   作成日時 : 2010/12/14 01:02   >>

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画像川が流れている。男と女の間に。酒が飲めるものと、飲めないものとの間に。あなたと私の間に。病を得た私と、それまでの私の間に。家族と、私の間に。子を産むものと、産まないものとの間に。絲山さんの小説を読むと、ああ、ほんとに人間て一人だといつもしみじみ思う。そして、その事に安心する。私の中の人と折り合わない所が、息をつく。


「超然」をキーワードにした小説3編です。物事にこだわらず、一人平然としていること。自分だけの境地で、高みから人を見下ろしている。「超然」というと、そんなイメージがありますが、この物語の中の「超然」は、そんな優雅なものじゃない。非常にジタバタしています。つまり、超然になれない超然、初めから敗北が決まっている超然。夫婦、家族、恋人、仕事。人間にとって、一番大きな比重を占めるものたちと、理解しあい、心を通わせ、手に手を取って二人三脚、愛し愛されて生きていきたい。そのひたすらな願望は、私たちの中に、常に存在します。しかし、だ。人生、そんなに簡単にはいかないもんです。関係が近ければ近いほど、相手が見えれば見えるほど、その見たものを、無しには出来ない。様々な出来事を、「ゆるがせに出来ない」というのは、一見美質なようで、その実、妄執のようなものでもあります。何を揺るがせに出来て、何を揺るがせに出来ないか、それは皆バラバラだから。突き詰めれば突き詰めるほど、「ゆるがせに出来ないこと」は、自分と「他」を切り離していく。そのどうしようもなさを、絲山さんの筆は見事に描いていきます。面白いな、と思うのは、初め二つの作品と、最後の「作家の超然」とは切れ味がえらく違うこと。

一つめの、「妻の超然」での妻から見た結婚生活のあれこれは、女から見た男の身勝手。二つめの、「下戸の超然」の、恋人同士の心のすれ違いは、男から見た女の身勝手。そのどちらも、絲山さんの切れのある文章と的確なプロットで、非常に説得力に満ちています。この主人公二人とも、遠くの他者とは、いい関係が築けるにも関わらず、個人的な関係になればなるほど、上手くいかなくなる。これは身に覚えがありすぎて、「ああ、私だけじゃないのね」と思う人も、ぎょうさんいるに違いないと思いますが。この二つが、主人公を軸にした、見事な心理小説になっているのに比べて、最後の「作家の超然」だけが、どんどん視点が移り変わっていく難解な、分かりにくいものになっています。でも、私が一番面白いと思ったのは、この三つめ。作家が、首に出来た腫瘍を取り除くために入院する。その作家を、「おまえ」という何者かが、これまでの人生を含めて回顧し、糾弾にも似た分析で、手術のメスのように腑分けしていく。その容赦の無さは、攻撃的なほど厳しく、作家は入院しながら、自分の黙示録を突きつけられる。その糾弾は、今度個人から離れて、どんどん大きなテーマに対して向けられる。新聞に対する攻撃、そして、現代における文学に対する攻撃。この「おまえ」は誰なのか、何なのか。それは全く説明されないのだけれど、この分析は、読み応えがありました。視点が一気に個人から神に昇っていくような描き方は、この3編の中で一番こなれていないように思えます。もちろん、これは小説だから、絲山さんそのものではない。私小説を書く人でもない。しかし、作家であることが、生きることと同義である絲山さんの、これは決意表明のような意味を帯びているのでは。そう思わざるを得ない。その部分に、作品うんぬん、という事を超えた感動を、私は覚えたんです。

生きていること、暮らしていくことは、自分の身を削ることでもあります。そして、言葉を使って生きていくものは、言葉に、文学に傷つけられる。作家の枕元に潜む黒い塊。中傷を繰り返すストーカー。しかし、どんなに傷つけられても、私たちは生きていかねばならないし、作家は作品を紡ぎ続ける。ラストで語る、夕陽に包まれる、全ての終焉の姿が妙に美しくて、不思議な安堵感があります。


おまえは思う。超然というのは、手をこまねいて、すべてを見過ごすことなのだ。
栄えるものも、滅びるものも。
価値のあったものが、ただのゴミになり、意味のあったことが抜け殻になっていく。
・・・おまえは、その全てを見ていたいと思う。



私たちが滅びることは、決まっていること。この地球だって、永遠ではないし。もっと簡単に言えば、人間が死んでいく事も決まっているのだから。そんな足元の砂が崩れ落ちていくような心もとなさの中で、それでも「自分」であり続けること。それが、超然。突き詰めれば、たった一人ではあるけれども、それでも生きていくことを受け入れる果敢な闘い・・それが「超然」なんだと。とことん敗北しながら、頭を上げて、自分の足で立っている。その潔さに、背筋が伸びる想いをさせて貰いました。絲山さんは、カッコいい。カッコ悪くて、カッコいい。姉さん、ついていきまっせ・・と、言いたくなりますが、私の方がちょっと年上なんだな、これが(笑)

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