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zoom RSS きことわ 朝吹真理子 新潮2010年9月号

<<   作成日時 : 2011/02/10 00:19   >>

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画像もう、新刊で「きことわ」が出ているのですが、こちらがたまたま手に入ったので読んでみました。
とても良かった。ここ数年の芥川賞の中で、一番私の感覚にぴったりする作品でした。と同時に、小説の可能性、というものを久々に意識した作品でもありました。小説ほど、自由なものはない。時間、空間、記憶、現実、夢想、すべての壁を乗り越え、一瞬の心の動きを捉え、永遠に結びつける。その営みの妙味を、感じさせてもらった。古典的でありながら、新しい。贅沢な読書の時間でした。プルーストの「失われた時を求めて」の記憶の奔流具合を思い出しましたが、フランス文学の血を受け継ぐ方なので、そこはやはり、という感じもします。もっとも、「失われた時を求めて」は、大学生の頃に読んだっきりですんで、これも記憶のかなたではあるんですが、そんな思い出が蘇るくらい、「記憶」を意識しながら読んだ作品でした。

永遠子と貴子という二人の少女が、何十年という時間を経て、再び出会う。二人が幼い頃を共に過ごした別荘をとりこわすことが決まったことがきっかけだ。二人は、一緒に古い家に残る様々なものを片づける・・。本当に、それだけの話です。早くに死んでしまった貴子の母親の面影が濃く残るその別荘で、二人は蘇る記憶の波に様々に洗われる。匂い、木々の色、その時の温度・・そんなディテールが緻密に積み重ねられて、まるで濃い空気を閉じ込めた密室で二人と過ごす気持ちにさせられる。二人の中で、記憶が時間を超えて弾け、泡のように漂い、様々な香りを放って絡み合っていく。二人の髪が繋がる、というイメージが何度も繰り返されますが、まるで二人を繋ぐ胎盤のようだと想いました。この世界に生まれ落ちるとき、私たちは遥か昔の記憶と共にこの世界に生みだされる。延々と繰り返す命の鎖を繋ぐものでありながら、一つ一つの生は、夢幻のように短い。永遠を背負って生まれてくる私たちは、一瞬にしかこの世に「在る」ことはない。その不思議さや、儚さを感じながら、自分がどこか遥かな場所を繋がることも、この身体の記憶にある・・。「言葉」という、人間が一番古くから持つ道具を使って、その営みを「今」という時代に感じさせる緻密さが、素晴らしかった。打ち寄せては引いていく記憶の波に翻弄されて、海辺ですっかり自分も子どもに還った気分がしました。日ごろ眠っていた感性を揺り動かされて、手つかずの無垢な浜辺に足跡をつけていく新鮮さを味わいました。

こういう物語を読むと、冒頭に書いたように、小説の可能性というのは無限だと思いますね。映像なら無理なことも、言葉が喚起するイメージなら、どこまでも可能です。記憶も、時間も、空間も、一瞬で同時に乗り越えることが出来る。そのイメージを喚起させるには、力がいりますが。その力を備えた方とお見受けしました。これからが楽しみです。

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