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<<   作成日時 : 2011/07/28 00:41   >>

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画像もう一度行ってみたい、と思う喫茶店があります。金沢大学の近くだったと思うんですが、まるで穴ぐらのように薄暗い店内に、木を使った渋い内装。長年続いてきた風格を漂わせて、とても居心地が良かった。今はやりのカフェではなく、純然たる喫茶店です。ジャズがかかっていて、その音量もちょうどいい。薄暗いけれど、本を読むには十分なスポットが席にあたっていて、ここなら何時間いてもいい・・そう想いました。コーヒーもとても美味しかった。あんな喫茶店が近くにあったらな・・と思いますが、喫茶店というのも文化の一つなので、私の住んでいる街では難しかろうと思います。金沢は、文化的にとても奥深い街で、いい美術館もあれば、すぐれた文学者をたくさん生みだしている。そういう街には、いい喫茶店があります。
この物語にも、「深海」という喫茶店が出てきます。古い階段をとことこと降りて、「え?こんなところに?」と思うような場所に、ひっそりとあるお店。静かで、壁の時計がこちこち鳴って、本がぎっしり詰まっている棚があって、ソファーは深い海の色。ああ・・いいなあ、とため息をつきました。私の好みにぴったり。そう想いながら読んだこの本は、ひっそりと疲れた心にしみ込んでくる、水底の光りのような本でした。

主人公の真帆は中学校一年生。なぜか、中学入学と同時にはじまった体の異変と常に闘う毎日だ。その体の異変とは、尿意。授業時間ごとに襲ってくる激しい尿意から、真帆は逃げることができない。家族にも話せないまま、小学校時代の友達とも距離を感じるようになり、心身ともに疲れていた真帆は、ある日「深海」という喫茶店にたどりつく。そこには、静かな時間が流れ、素子さんという穏やかな女性と、ナオミという写真を撮る少女と、ユウタという可愛い男の子がいる。そこになぜか心惹かれた真帆は、「深海」を訪れて、ナオミといろんな話をするようになる・・。

実は、私も尿意の異常にとりつかれたことがあります。私は小学校低学年でしたが・・今想えば、私はその頃ずっと学校で緊張していたんですよね。何しろ恐いものが多すぎた私にとって、学校という場所はストレスの塊のような場所だったわけですが、当時の私はそのことをちゃんと意識できていなかった。全て、自分が弱いのが悪いと思っていた私は、尿意の感覚がおかしくなり、幼いからコントロールが出来なくなってしまった。いやー、恥ずかしい話ですが、おもらしも度々しました。大きくなってから、友達に「あの頃は・・・」と言われたことがあるので、けっこう有名だったかもしれません。私は真帆とは反対に、尿意がなくなってしまったんですよ。だから、勝手に出てしまう。どうして我慢してたの、と言われても自分でもわからなかったのだから、返答しようもなく。言葉で説明も出来なかったから、誰にもわかって貰えなかった。でも、それはものすごい恐怖でした。だから、真帆が尿意の異常を「奈落」という意味が、私にはよくわかります。おもらしなんて、この世で一番恥ずかしいことを、自分がしてしまう。もしくはしてしまうかもしれない。そのコンプレックスは長らく私の心に棲みついて離れませんでした。どちらかというと、恥ずかしい、忘れたい想い出が久々にこの物語を読んで心に甦りました。でも、想い出せてよかった。幼い時に心が感じた痛みは忘れなくてもいいし、忘れちゃいけないんですよね。この物語を読んで、改めてそう思いました。

この物語の芯は、真帆と母との確執です。真帆の母親は、仕事も、習い事も、付き合いも、何もかもに積極的。友達も多い方がいい。世間的にメジャーな道を歩む母に対して、真帆は少数派。感じやすくて、自分の世界を大切にしたい真帆は、薄暗い深海の方が住みやすい。だから、母は意を決して尿意のことを相談した娘に「気のせいじゃない」的な受け答えしかしない。そのことに、一層傷つく娘・・。これはねえ・・親子であっても、理解しあうのは難しいです。鳥に、魚の気持ちをわかれ、と言ってるようなもんだから。でも、しばしば起こりうることでもあるし、「親」という立場に立ったとき、どうしても真帆の母親のようなスタンスに大人は立ちがちです。その方がこの世界では生きやすい、と知っているから。幼い頃に、真帆と同じような経験をしてる私にしたところで、やはり息子たちには真帆の母のような態度をとったことは無かったか。私は、ドキリとしてしまった。大人になって、あの頃よりもだいぶ厚かましいおばちゃんになって、私はあの頃の痛みを忘れてはいないか。真帆に、そう聞かれてしまったような気がしたんです。ああ・・忘れちゃいけない。もしくは、忘れたふりをして、したり顔で生きてちゃいけない。そう思いました。

最後まで、真帆の闘いは終わらない。でも、「深海」で出逢った素子さんやナオミといろんな話をし、自分という存在を、初めてちゃんと肯定し、自分の想いを言葉にすることができた。真帆は自分の居場所を見つけたのだ。そこは海の底で暗いけれど、そこでしか出会えない美しいものに満ちている。暗いからこそ、微かな光りの暖かさを、抱きしめることが出来る。そのひそやかな光りを、私も一緒に抱きしめたい。物語は、幼い頃から、今、この時までずっと傍にいて、こういう灯りを私にくれた。そんな話を、私も「深海」でひっそりとしたいものだと想いながら、頁を閉じました。心に深海を抱えるお仲間さんに、ぜひ読んで頂きたいです。

2011年6月刊行
講談社

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