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zoom RSS バレエダンサー 木曜日の子どもたち ルーマー・ゴッデン 渡辺南都子訳 偕成社

<<   作成日時 : 2011/08/04 20:43   >>

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画像読みたい、読みたいと思っていたゴッデンの『バレエダンサー』を一気読み。上下巻、長い物語ですが、もう読みだしたら止まらない面白さでした。副題の「木曜日の子どもたち」は、マザー・グースからきています。「木曜日の子どもの道は遠く・・」という歌詞だそう。バレエという表現芸術に全てを捧げて、はるかな遠い道をゆく子どもたち・・という意味がこめられています。幼い頃からレッスンにレッスンを重ねて、プロになれるのはほんの一握り。芸術とはそういうある意味残酷なことですが、その残酷さと背中合わせの喜び、まばゆい光と、濃い影に照らされる長い道を歩いてゆくものにしか、栄光は訪れないという、華やかで厳しい芸術。この物語の二人の主人公、デューンとクリスタルも、まさに「木曜日の子どもたち」です。しかし、そのタイプは兄弟なのに、全く違う。男ばかりの兄弟に、たった一人女の子に生まれ、母親の希望で、何もかもお膳立てしてもらって甘やかされ放題にバレエを始めたクリスタル。その弟で、母にも誰にも顧みられず、放置されたまんまで育ったデューン。しかし、彼は「生まれながらに印がついている子」。踏まれても踏まれても、才能が彼を自らの道に歩ませる・・いわば天才です。この二人が、それぞれのバレエの道を歩き出すまでが、この物語では描かれるのですが、まあ、その対照的な兄弟の描き方の見事なこと。バレエという芸術の面白さや奥深さ、才能というものの不思議、親子や家族の在り方・・・色々なことを感じさせながら、最後の1頁まで気が抜けない展開で、もう夢中になれる物語の勢いがあります。ゴッデンは、自分もバレエを教えていた経験があるらしい。なるほど・・と想わせる、よみどころ満載の物語でした。

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物語の上巻は、弟のデューンを中心に展開します。姉のバレエ学校に靴持ちでついていったデューンは、その世界に激しく惹かれます。しかし、彼はこの家では全く顧みられない子。男の子が続いたあと、やっとクリスタルという女の子ができた母親は、デューンは全くの「おまけの子」。そこから出発し、とにかく困難に次ぐ困難を乗り越え、「好き」という一心で、家族以外の人間を巻き込んでバレエという道にのめりこんでいく「天才」っぷりに、しびれます。
デューンは生まれつき「美」に対する感受性を持っている子。音楽の、バレエの持っている、本質的な「美」に心を奪われ、虜になる。だから、全てを捧げずにはいられない・・そんな魂を持った子です。だから、同じ「美」に対する魂を持つ大人たちー曲芸師のペッポー、老いたピアニストのミスタ・フィリップス、優れたバレエ教師のミス・グリンなどの家族以外の人間は、彼をなんとか助けようとする。一方、家族たちは、特に母親は見事に俗物に描かれている。昔ショーガールだった母親は、自分の娘を可愛く飾り立て、目立つ場所に置きたがる。はかせてはいけない時期にトゥ・シューズを履かせたがり、何もかもに口出しして娘をどうしようもない高慢ちきな少女に育て上げてしまう、見事なステージママっぷり。その聖と俗の対照を読んでいると、確かにデューンは不遇で家族には愛されず、苦労続きなのだけれど、それは一種の僥倖なのだと思えるほど。のちにクリスタルが母に「どうして、あたしはかあさんの子なのかしら?」と嘆くようなことにならないーつまり、母親のエゴで子どもをスポイルしてしまわずにすんだ。デューンは家族以外の人たちに才能を育てられ、王立バレエ学校に入る。そこまでが、上巻。もう、ここでデューンの将来は約束されたようなもの。だって、彼は同じ「美」の側に立つ魂の人たちの仲間になったのだから、あとは恐いものなどないわけです。デューンは、休みに家に帰ることもせずにバレエに没頭します。

物語の下巻は、その「王立バレエ学校」、通称「王室御猟場(クイーンズチェス)」にデューンより先に入学しているにも関わらず、いつまでも「俗」から抜けきらない姉のクリスタルを中心に展開します。この物語、実はここからが、面白いんですよねえ。クリスタルは俗物です。その分、とっても人間臭い。自分より才能のある弟が妬ましくて、意地悪するわ、小細工して陥れようとするわ、幼い頃からのライバルだったルースにも相変わらず意地悪ばかり。レッスンは嫌いだけど、目立つことは大好き。そんな彼女が、あることをきっかけにして、自分の小ささや醜さに気づき、堅い殻が割れるように生まれ変わっていく。そのドラマが、とても面白く読み応えがあります。この物語が、YA(ヤングアダルト)の成長物語としてこんなにも面白いということに、驚きました。

ある日、クリスタルの前に、天才ダンサーのユリ・コゾルスが現れます。ロシアから亡命した悲劇の天才。憂いと強い光りを放つ彼に、クリスタルはあっという間に恋します。しかし、彼は紛れもなくスターで、自分はまだひよっこに過ぎない。その落差に気がついたとき、クリスタルは新しい世界への眼が開きます。ねたみ、そねみ、恨み・・そんなことにかまけて、いろんな策略を練っていた自分が初めて小さく思える。しかも、このユリがもう、生来のプレーボーイというか、女ったらしというか(笑)目の前の女の子たちを、皆愛してしまうユリに、クリスタルはさんざんに翻弄される。このあたりの展開の上手い事!寂しがり屋の天才。気まぐれに、ユリがクリスタルにディープ・キスをするシーンなんか、思わずクリスタルと一緒にドキドキしますね(笑)そのユリが振り付けする「くるみ割り人形」のクララの役をめぐって、クリスタルは熾烈な闘いを始めます。もう、その役を獲得することと、ユリの心を捉えることがごっちゃになってしまう。相変わらず母親も巻き込んでバカ高い費用のかかるユリのレッスンに参加し、とにかく必死なクリスタルだけれど、結果としてクララはライバルのルースが射止めてしまう。傷心のクリスタルは、ここでびっくりする行動に出ます。学校を脱走し、ユリに抱いて貰おうと、彼の家に行ってしまう。しかし、そこにはすでに美しい大人のプリマがいて、クリスタルは手ひどく傷つき、夜の街をさまよいます。・・・ネタばれになると想いながら、ここまであらすじを書いてしまったのは、ここの一夜が、この物語の真骨頂だと私が想うからです。クリスタルが、やっとここで初めてクイーンズ・チェスが自分の生きる場所であることを確信するからです。

きっときょう、あたしのなかのどこかが、死んでしまったんだわ。クリスタルはつぶやいた。薬ではなくて、あたしの身におきたことのせいで、きっとどこかに新しいクリスタルが、新しい決意が生まれたから、どんなことがあろうとも、もどっていく気になったんだわ。


自分を初めてまっこうから見つめ、ありのままを受け入れたクリスタルの過ごす夜は、不思議な孤独と美しさに満ちています。長く走る電車から降りて、一人歩く夜の公園で出逢う星あかりと、動物たち。大きな鹿と出会い、その威厳と美しさにユリを思い出すクリスタル。でも、その心はしーんと静かです。少女が自分の心の黙示録を読み、遥かな美しいものと自分との彼我を心に刻み、新しい出発をする夜。母に押しつけられた人生を生きてきたクリスタルは、ここでやっと「木曜日の子どもたち」として自分の道を歩き出す。上巻では、単なる鼻もちならない高慢ちきだった彼女に、私はいつしかすっかり心を寄せていました。デューンとクリスタル。その対照的な兄弟の姿を通して、「自分の居場所を掴む」ということが何なのか、そして、その道筋が人それぞれにあって、苦しみなくしては、たどりつかないものであることを、この物語は教えてくれます。それも、ほんとに、息つかせぬ面白さの中に教えてくれるという、ゴッデンのストーリーテラーぶりに感動でした。

これは余談ですが。「テレプシコーラ」で、千花ちゃんが主役を務め、じん帯を切ってしまったのも「くるみ割り人形」のクララでした。この物語でも、クララをめぐる熾烈な闘いで、それぞれが心に深い傷を負います。重なってしまうなあ・・と思いながら読みました。バレエって厳しい・・。ゴッデンは、自分もバレエを教えていた人なので、そのあたりの厳しさがリアルでぐんぐん迫ってくる。バレエ好きな人にはぜひご一読を、と薦めたくなる物語です。

1991年刊行 
偕成社

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