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zoom RSS 台所のマリアさま ルーマー・ゴッデン 猪熊葉子訳 評論社

<<   作成日時 : 2011/08/06 20:44   >>

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画像こないだ読んだ『バレエ・ダンサー』から、すっかりゴッデンづいてしまったので(笑)以前に赤木かん子さんの本で紹介されていたのを読んで、これも一度読んでみたいと思っていた作品。やはり読みだしたら止まらずで、ゴッデンという人の魅力を改めて感じさせてもらった一冊でした。気難し屋で、「すっかり自分の世界にこもって」いて、誰ひとり自分の部屋に立ち入ることも許さず、自分の猫にさえ触らせない、それでいて夕暮れになると「ふさぎこまざるを得ないような、やりきれない気分を感じる」少年が、初めて心を許した人のために美しいものを作ろうとする。その過程で、少しずつ自分の堅い心をほどいていく様が、とても丁寧に鮮やかに書き込まれています。

グレゴリーとジャネットの両親はともに建築家で忙しい。だからいつもお手伝いさんがいたのだけれど、いつも心は休まらなかった。でも、今度家にきてくれたマルタは、これまで来た人たちとは違って、二人にとっては「家」そのもののような人。マルタはウクライナの生まれで、英語も流暢ではなく、着ているものは流行遅れで、あまり人づきあいも上手くはない。でも、いつも家に、台所にいてこまごまと家事をして、美味しいものを作ってくれる。だから二人はやっと家にいても安心して過ごすことが出来るのだ。気難しく、母にさえ全く自分の心を見せないグレゴリーさえ、マルタにずっといて欲しいと願っている。でも子どもたちは、なぜかいつもマルタが寂しげで不幸そうなのが気になっていた。彼女がいつもいてくれる台所は、いい意味で雑然としていて、子どもたちには暖かく居心地のいい場所。でも、彼女は、台所が空っぽだという。そこには「いい場所」がないから。マルタの故郷では、台所の「いい場所」に、いつもきらきらと光る聖母子の絵が飾られ、その前では赤い灯が燃えている。その話をして泣くマルタに、何とかして二人はその絵を手に入れようと思う。

二人して、その絵がどんなものなのか、という所から調べなければならなかった「いい場所」のための聖母子の絵。結局買うことは出来ないということがわかったグレゴリーは、なんとかそれを自分の手で作ろうとする。ここからが、この物語の読みどころです。聖母子の絵を新聞から切り抜き、丁寧に型を取り・・・凝り性で几帳面なグレゴリーは、この作業に全力を注ぎます。ところが、自分だけでは何とも出来ないことがいっぱい押し寄せてくる。その絵はただ描いてあるだけではなくて、たとえて言うなら日本の羽子板のように人物が着物を着ていて、ビーズや宝石や、レースなどで立体的に作られているもの。とても、子どもである自分たちだけで揃えられるものでではありません。でも、両親には内緒にしておきたい。グレゴリーは、ひどく人づきあいが苦手で、知らない人と話すのは大嫌い。でも、勇気を振り絞って、その材料の端切れをもらいに、街の帽子屋さんの女主人に会いにいく。額縁の縁飾りを作るために、お菓子屋のおばさんに、きらきらする包み紙のお菓子を、ローンで(笑)売ってもらう。これまで大事にしていた船の絵を分解して、その絵のために部品を使い、とにかく必死でその絵を作り上げようとします。そして、自分の心を開いて話をすれば、相手も自分を信頼して手助けしてくれることを、生まれて初めて知るのです。

マルタは、故郷を戦乱で失い、難民としてこの地にやってきた人。いつも家族が集まっていた台所にあった「いい場所」は、マルタにとって故郷の、家族の想い出が詰まった場所・・つまり、自分のいるべき場所なんです。そのマルタの想いを、グレゴリーは自分の寂しさと重ね合わせて感じることが出来た。両親に愛されて、たくさんの物を与えられてはいたけれども、安らぎや暖かさを家にいて感じることが出来なかった自分。愛する故郷のことを話しながら、絶対にそこには帰れないマルタの想いを、グレゴリーは「痛み」として感じる。いつも傍にいて欲しい人の痛みを、何とかしたいと思う気持ち・・つまり、初めて人に抱いた愛情が、グレゴリーを動かして、変えていく。その心の動きと、細かい絵の完成までの作業がぴったりと重なり、一枚の「美しいもの」として結実していくのを読むのは、とても楽しい。手仕事の楽しさ。困難を一つずつ自分の手で越えていく手ごたえ。助けてくれた人への感謝。そして、誰かを幸せにする喜び・・それらが、自然に重なっていく様子を、ゴッデンはとても生き生きと描いています。

グレゴリーの作った絵は、そこに籠った真心は、マルタに伝わります。「さあ、マルタ、決して不幸じゃない、これで!」そう言って、絵の前に「わたしの小さな灯」をともしたマルタは、新しい故郷をそこに感じます。誰かに必要とされ、そこにいること。いつも灯りのともった、暖かい場所・・ゴッデンは、生まれ故郷のインドから、教育のためにイギリスに返されたとき、環境の変化に適応できずに大変苦しんだ経験があるそうです。その経験が、この物語にも反映されているらしい。グレゴリーがその絵を初めて両親に見せたとき、号泣した母親の想いは、自分のような経験を持つ子どもたちへのゴッデンの想いと重なるのかもしれない、と思いました。この本は、1976年に評論社から発行されていますが、今読んでも全く古くない。装丁も、中の挿絵も美しく、丁寧なつくりで猪熊葉子さん(サトクリフやピアスなどの素晴らしい訳の多い方です)の訳も、また品があって素敵です。こういう本は、スタンダードとして忘れられずに読み継がれて欲しい。心からそう思います。


1976年刊行
評論社

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