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zoom RSS 帰命寺横町の夏 柏葉幸子 講談社

<<   作成日時 : 2011/10/10 23:12   >>

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画像死んだ人が生き返る。そんなことは、絶対に無いのだけれど。もし、自分の周りに、そんな人、いや、亡者がいたら・・・。この物語は、思いがけず、そんな出来ごとに遭遇してしまった男の子のお話です。こう書くと、一瞬ゾンビ系のホラーと思われてしまいそうが、決してそうではなく。「生きる」ということの切なさ、かけがえのなさが、胸いっぱいに満ちるような柏葉ワールドでした。

小学校5年生のカズは、ある夜、自分の家の仏壇のある部屋から、一人の幽霊が出ていくのを見る。腰を抜かしたカズだが、次の日登校してみると、その幽霊が同級生となってクラスの一員になっていた。どうやら、あかりが幽霊であることを知っているのは、カズ一人だけらしい。なぜ、そんなことが起こったのかを調べているうちに、カズは自分の家の辺りが「帰命寺」と呼ばれていたこと、そして、自分の家の仏壇に、死んだ人を甦らせる御本尊が眠っていたことを知る・・・。

以下、少々ネタバレしてしまうので、未読の方は、気をつけて読んでくださいね。



始め、カズはあかりのことが恐くて仕方ない。しかし、この、甦った幽霊である「あかり」という女の子が、ほんとに儚い存在であることを、甦りの秘密を追っているうちに知るんです。御本尊を焼かれてしまうか、「おまえは帰命寺さまだ」と言われてしまうと、消えてしまう。カズは、そんなあかりが、たった一人で何もない家の中で暮らしているのを見て、たまらなくなってしまう。そんな彼女を、守りたい、と思うようになります。そのカズの細やかな気持ちの変化が、丁寧に描かれます。それが、まずこの物語の魅力の一つ。たった10歳で死んでしまったあと、偶然が重なってやっと生き返ったあかりのひたむきな「生きたい」という願いに、カズと一緒に灯りをともしたくなるのです。学校へ行く。男の子と話す・・儚い命いっぱいに、生きていることを受け止めるあかりの笑顔が、キラキラと輝いている。胸を突かれます。

そして、もう一つの魅力は、カズとあかりの物語から、すっと深い海に潜るように、命をめぐる深い場所までこの物語が連れていってくれることです。その鍵は、劇中劇。カズの家から、御本尊さまを持ち去った水谷のおばあさんが書いた、あかりのお気に入りだった物語。「月は左にある」という、重く激しいファンタジー形式の物語です。

父に売り飛ばされた、ボロウニアという一族の少女、アディ。ボロウニアとは、死体から装身具をはぎ取って暮らす、亡者を祖先に持つ一族。石の鳥という魔女に買われたアディは、冷たい石の城から毎日湖に飛び込んで、真珠を探します。アディも、魔女も、魔女に閉じ込められている王子も、魔女の息子も、それぞれが「生きたい」「愛するものを生き返らせたい」と必死に泥まみれの闘いを繰り広げます。このダークなファンタジーを描く筆の冴えは、この世とあの世のあわいを描く柏葉さんの独壇場。何が善で、何が悪なのか。正しいのは誰なのか。そんなことも、濁った湖の水のようにわからぬまま、それぞれの抱える生への眼差しと想いが胸を刺します。一見悪役に見える石の鳥という魔女の中にも、愛情や残酷さが、混在する。生きる、ということはこんなにひたむきで、不条理に満ちている。生と死という、一番答えにならないものへの問いかけがここに描かれます。このファンタジーは、闇の中の、もう一つのあかりの物語。生と死が奏でる低音部分のような気がします。人の命は、儚い。そして、綺麗ごとだけで出来ているものでもない。「命は何ものよりも尊い」というけれど、私たちを様々に襲う不条理や、構造的な不幸がどれだけたくさんあるか、この情報化社会の中では否応なく子どもたちの心にも流れこんでくることだと想われます。そして、今年は、本当にいろいろな天災が私たちを襲った。あの津波の映像を見た心に、どれだけの不安が刻まれたかと、私は思う。その不条理と、この低音部分が描かれたことの意味は、響き合うような気がしてならないんです。この物語を、いつから柏葉さんがお書きになっていたのかは知らないのですが、優れた作品というのは、必ず時代と響き合う運命を持っているようにも思います。優れた物語は、何というか・・・理屈ではなく、心の奥深い部分に働きかける力があると想うんです。物語と、不安や不条理を共有することによって、私たちは流した血をかさぶたにすることが出来る。癒す、というのでもなく。そっと再生させる力を導き出すような、目には見えない力。私は、物語のそういう力を信じているのです。

アディは、闇と生きていくのでしょう。そして、あかりも、いつ消えるともわからない儚さと闇を抱いて、生きていく。でも、その儚さと闇は、あかりだけが持っているものではなく、私たち自身の抱えるものでもあるんです。でも、だからこそ、命はひたむきで美しい。あかりの放つ生きていこうとする意志の光は、カズを照らし、夢を忘れていた水谷のおばあさんの人生も照らします。そして、この物語を読む私の心も・・・。この水谷のばあさん(ばあさんと呼ぶには、あまりにもパワフル・(笑))や、のっそりと歩くでかい黒猫のキリコなど、個性豊かな登場人物と猫がいる、何とも豊かな柏葉ワールド。何度も読み返したくなる、心に残る一冊になりそうです。

2011年8月刊行
講談社

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
初めまして。丁度、私もこの本を読んだばかりだったので、嬉しくなって。柏葉さんは大好きな作家さんの一人で、今回は久々に読み応えありましたね。前世と繋がりがないという点が、潔い設定で、柏葉さんらしい読後感の良さになったと思います。
そうそう今夏、英国旅行してみて、あちらの気候だと、「秘密の花園」や「忘れられた花園」みたいな事がおこるかもしれないって、実感しました。だって、アジサイの開花が4月〜11月なんですって…!9月に、木蓮や藤を見るなんて、日本じゃ考えられないですもの。
では、また、良い作品のご紹介を楽しみにしております。
BOULDER
2011/10/11 23:54
>BOULDERさん
初めまして。コメントありがとうございます。
柏葉さんの物語、私も大好きなんです。そう、BOULDERさんがおっしゃった、「前世と繋がりがない」という点は、私も書きたいと想っていたところです。まったく知らない場所で、何の繋がりもなく甦る。それは、この物語の構造を支える芯でもあると思います。何かを得ることは、何かを手放すこと。理(ことわり)の厳しさがあるからこその、命だとも言えます。息子を甦らせて王座に据えようと想っていた石の鳥は、そこを塗り替えようとしてして、深い井戸に堕ちてしまったのかもしれないですね。
英国にいらっしゃったんですね!アジサイと木蓮と、藤が一度に咲いている光景も見られるということですか・・。四季がはっきりしているのは、日本の素晴らしいところですが、全てがあっという間に移り変わってしまいますものね。頭の中で、贅沢な英国の庭を想像してうっとりです。また、良ければ本の話をしに、お越しくださいね。
ERI
2011/10/12 21:19
こんにちは、ERIさん
この本を私も読みました。本に感動して、今、ERIさんの力強い言葉に感動しています。
わたしもやっぱり震災で亡くなった人たちのことを思いだしながら読んだのですが・・・「必ず時代と響き合う運命を持っている」「心の奥深い部分に働きかける力がある」「物語と、不安や不条理を共有することによって、私たちは流した血をかさぶたにすることが出来る」という言葉に、ひたすら頷いてしまいます。
物語って本当にすごいですね。物語の力、私も信じます。
そして、この本がますます好きになりました。
ぱせり
2011/11/29 14:18
>ぱせりさん
お返事遅くなりました(汗)
とても心に響く一冊でした。生きることの激しさ、重さ。そして、儚さ。ファンタジー部分と、あかりの物語は、裏表なんでしょうね。善悪や、正邪の二元論では割り切れないこと、その秤に乗りきれない部分というのは、ほんとに大きいのだと思います。そのあたりを深く見つれば見つめるほど深くなる混沌を、こんな物語にしてみせる柏葉さんの死生観に心がじんじんと強く鳴り響きます。物語の力って、素晴らしいですよね。ぱせりさんのところにも、お邪魔しますね!!
ERI
2011/12/02 00:53

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