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zoom RSS 神様 2011 川上弘美 講談社

<<   作成日時 : 2011/11/21 23:14   >>

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画像この本は、川上さんが1993年に書かれたデビュー作を、「2011」という形で書き換えたもの。元の短編と、書き換えた「2011」が並べてあります。わざわざ「2011」とタイトルを付けた意味は、今年あった、私たちの意識や価値観を、生活を、大きく揺るがした出来ごと、震災です。

元の短編は、近所に引っ越してきたくまと近所の川にピクニックに行くという、川上さんらしい、日常と非日常がゆらりと溶け合うような不思議な味わいのある短編です。引っ越し蕎麦を配ったりするえらく古風で折り目正しい教養ある紳士っぷりのくま。でも、くまはくまなんで、どかんとした身体の重量感や、そこはかとなく匂う野生が見え隠れしたりして、牧歌的ながらも妙な緊張感がある短編なんですね。最後、くまに抱擁を求められるところなぞ、思わずこちらの身体にくまの毛の感触が伝わってくるような気さえする。堅く引き締まったくまの筋肉が、在り余る自分の力を押し殺してそっとこちらを抱きしめる。抱きしめられながら、この腕が一閃すればこちらなどひとたまりもないと思う。でも、そう思えば思うほど、その緊張はくまに知られちゃならん、という思いがふとよぎるだろう。抱かれて心地よい気分の裏で、まだ見ぬ相手の毛皮の中のことなどを、強く意識する。この感じ、男の人と付き合い始めた時に似てるけど、そこは人ならぬくまなんで、人智を超えたものの気配と交流する畏れの気配も漂ったりする。非常に短い短編ながら、こちらにびっくりするほど色々なことを想像させる小説です。

その短編が、「2011」では、震災後の世界になっています。くまと私がいた場所は、原発事故によって、放射能で汚染されてしまった。被ばく量を計算しながら外を歩く私とくま。病み、疲れ果てた気配が漂う散歩です。川で獲った魚は食べられない。水田は放射能除去のため掘り返され、帰宅後、ふたりはガイガーカウンターで放射能を検査する。同じ短編をベースにしたからこそ、震災前と震災後の世界が見事に対比されています。私たちは、もう震災前には帰れない。放射能はまき散らされてしまったのだから。そこには、破壊されてしまった日常があります。私たちは、あの事故と共に、とても大切なものを殺してしまったのだと、この短編を読んで改めて思います。

「今日はほんとうに楽しかったです。遠くへ旅行して帰ってきたような気持ちです。熊の神様のお恵みがあなたにも降り注ぎますように・・・」

このくまの感謝の言葉が、震災後の短編では切に胸に響きます。たった少し外に出るだけの散歩が命がけになってしまったことへの、静かな告発です。もの言わぬものたちがあちこちで呟いているだろう、この耳に聞こえない嘆き。
震災後、川上さんは、小説を書くことが一時できなくなったらしい。そんな時、読者から届いたはがきに、テレビも新聞も悲しくて読めないが川上さんの小説だけを読んでいる。それは、日常がまだそこにあると感じられるから・・というようなことが書かれていて、川上さんはまた小説を書き出した、とおっしゃっていた。私も、あれからことあるごとに日常がぐらりと揺らいで見えます。全ては、一瞬にして崩れ去るのかもしれない。いつも、その光景が今の風景と重なります。でも、私たちは日常を生きて、生き抜いていかねばならない。この揺らぐ眼差しを、何に見据えていけばいいのかと思うとき、自分にとって大切なものがはっきりするような気がします。川上さんがおっしゃるように、私たちは自分たちの日常を生きていくし、生きることは喜びだと思いたいのだから。

今年も、あと一カ月で終わります。自分のしなければならないことを、一生懸命しようと思います。
もう少ししたら、またいっぱい更新していきたいと想っています。物語は、自分にとって、また今の私たちにとって、そても大切なものだと強く思うから。この本も、すぐ読めてしまうのですが、大切なことがいっぱい詰まった一冊でした。表紙のくまが、再び起きて元気にお散歩してくれますようにと、心から思います。


2011年9月発行
講談社

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