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zoom RSS ピース・ヴィレッジ 岩瀬成子 偕成社

<<   作成日時 : 2012/02/06 23:55   >>

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画像岩瀬さんの文章は、とても細やかだ。私たちが呼吸を繰り返すたびに胸に降り積もり、消えていってしまうようなこと。一生口に出さず胸に秘めているうちに、遠く霞んでしまうようなあれこれを、鮮やかに甦らせてくれる。そして、知らないうちに、大切なものを渡されてしまうのだ。その何気ない鮮やかさに、私はいつも舌を巻いてしまう。

物語は、小学校6年生の楓と、中学校1年の紀理という、まさに大人と子どもの間の時間を生きる少女の視点で語られます。舞台は基地のある町。仲良しだったのに、一足先に中学の世界に入った紀理が、最近少し遠くにいってしまったように思う楓。急に言われた「わたし、楓ちゃんとは立場が違うから」という言葉を、どうとらえていいかわからない。そんな時、楓は、紀理のお父さんが病気で入院していることを知る・・。

この世界は、言葉にしないこと、知っているのに知らんふりをしていることで成り立っているところがあります。そろそろ大人の時間に近付きつつある楓にも、それがわかってきつつある。例えば、自分たちの町にある基地というものの存在。基地は戦争と深く結びついたものなのだけれど、そんなことも誰も言わずに暮らしている。この物語が、基地のフレンドシップ・デーという、どことなく嘘くさい催しから始まるのは、この物語の温度というか、日常の中に潜んでいる不穏なものの気配を感じさせて、上手いなあと思います。楓のお父さんは、米軍相手の店を開いていて、楓は基地というものが自分たちの生活と密接に結びついているということも知っている。戦争のための米軍の基地が、そこにあるということへの根本的な齟齬は、楓の心に強い不安を落としている。くり返し楓が見る戦争の夢は、ほんとは大人だって見ているかもしれない恐怖なのだけれど、この町では、誰もそれを語らない。ただ一人、それをビラにして、町の人に配っている紀理のお父さんは、この世界の「大人」からはみ出した人なのだ。そんなお父さんを持つ紀理も、町の人から自分たちにどんな視線が向けられているかを知っている。決定的な事件が起こるわけでもなんでもない毎日。でも、自分たちの小さな町が、ただの平和な町のような顔をしながら、この国の、人間の、男と女の、ありとあらゆるものを孕んで動いているものだということを感じはじめる時間を、岩瀬さんは見事に切り取っています。全てを理屈で説明せずに、読み手にそこを伝える筆力が凄いと思います。

そして、黙ってしまう大人になる前の時間だからこその、彼女たちの想いが鮮やかなんですよね。入院しているお父さんの代わりに、基地に行ってビラを配る中学生の紀理。この町のありとあらゆるものをカメラで切り取り、自分の眼でみつめようとする、高校生の悠。大きなものに流されまいとする彼らの抵抗は、生きていくために何も言わないことにした大人には、馬鹿なことだと想われてしまうのだろう。しかし、馬鹿なことを忘れてしまったことで、私たちが失ってしまうものはたくさんあるのだと思う。ビラ配りをしている紀理と一緒にいた時に、自分が感じていた居心地の悪さを、なぜだろうと思う気持ちや、くり返し見る戦争の夢を怖ろしいと思う気持ちが、紀理や悠の想いと繋がっていくものだということに、楓はちゃんと気がついている。嘘っこのピース・ヴィレッジにささやかに芽生えている、本物の緑の葉っぱのような彼らの想いが、いとおしい。それをこんなにきめ細かく描く岩瀬さんの言葉たちが、一つ一つ胸に沁みました。

物語は、基地の独立記念日の花火大会で終わります。降り注ぐ花火の中で紀理が教えてくれた、ビラに書いてあった言葉が、楓の中で生きた言葉として息づき始める瞬間が、とても美しい。「わたしたちは一人の市民として、起きていることを知ろうとしなければいけない。自由に自分の考えをあらわさなくてはいけない。人間の誇りを失ってはいけない」楓が、紀理からただそっと渡された大切なものの輝きを忘れたくない。そんなことを思うラストでした。

2011年10月刊行
偕成社

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