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zoom RSS 時の旅人 アリソン・アトリー 松野正子訳 岩波少年文庫

<<   作成日時 : 2012/02/22 01:26   >>

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画像この本が書かれたのは、1939年、この岩波少年文庫に翻訳されたのは、1998年。まさに、長い時を旅してきた物語です。イングランドの田舎を舞台にして、現在と過去を行き来する少女の日々がとても色鮮やかに描かれていて、ここ数日私はこの古い農園に、主人公のペネロピーと一緒に魅入られていました。

ロンドンに住む三人兄弟の末っ子・ペネロピーは、病弱で夢見がちな女の子。ロンドンの気候が身体に良くないために、兄弟そろって、親戚のティッシーおばさんさんの住むサッカーズの農場に子どもたちだけでいくことになります。そこは、ロンドンとはまるで別天地のようなところ。澄んだ空気に広がる青い空、おとぎ話の中の家のような美しい農場に、ペネロピーは夢中になります。しかし、美しいサッカーズの農場には、ペネロピーだけが感じる不思議がありました。屋敷のあちこちに、300年前の世界に繋がる扉があったのです。それはなぜか、ペネロピーにだけしか明けることのできない扉でした。そこは、アンソニーという殿様がいて、貴婦人たちが住む荘園館なのでした。ティッシーおばさんの祖先であるシスリーおばさんがいて家事を取り仕切っていたおかげで、ペネロピーはそこでもおばさんの姪として皆に迎え入れられます。ペネロピーは、20世紀と16世紀の間を行き来する時の旅人として、二重生活を送るようになります。アンソニーは若く美しい殿様で結婚したばかり。エリザベス女王と敵対し、幽閉されているメアリ女王を救おうという野望を抱いています。しかし、歴史の残酷な事実を知っているペネロピーは、一族を覆っていく不吉な影を感じざるを得ないのでした・・。

まず、このサッカーズの農場のなんと魅力的なこと!美しい自然に、磨きこまれた家具、しぼりたてのミルクに作りたてのバター・・・乳製品大好きな私にはこたえられない(笑)霧深いロンドンから田舎にやってきたペネロピーの目に、色鮮やかに映る農場のあれこれに、自分も一緒にのめり込んでしまいます。そう。まさにのめり込む、というのがぴったりなほど、ペネロピーはこの場所に結びついてしまいます。現実から離れて、別の世界にのめりこむ・・その親和力に共感してしまうのは、私自身もたやすく本という別世界に旅してしまうからかもしれません。

こっちの世界にいる短い短い時間には、私、いつもよりもいきいきしていて、生活をいつもより強烈に感じている。感覚が全て、いつもよりも鋭くなっているの・・・


日常の風景から滑り落ちて時を旅するとき、自分の五感のすべてを働かせて何かを感じ取ろうとする。だからこそ、そこで生まれる心の絆が深まったりします。ペネロピーも、向こうでの時間を重ねるごとに、過去の世界のほうに心が馴染んでいきます。自分を心から求めてくれる人たちを愛してしまう。でも、その一方で過去から帰れなくなってしまうことも怖ろしくて仕方ない。そして、彼らの上に悲劇が降りかかることを知っていることも、彼女の心を痛めます。様々な感情に揺さぶられながら、メアリという女王を救いたいと思う一途な想いを抱く人たちに心寄せていくペネロピー。きめ細かく描かれるその心情に、すっかり引きずり込まれてしまいました。

「ここではないどこかに帰りたい」と思う気持ちが揺れること―きっと誰もがあると思います。果てしない夕焼けを見るとき。大きな木の下で、木の葉を通して空を見つめるとき。ふと視線を感じて振り返ると、月が出ていたりするとき。どこかに帰りたい・・ここではない、どこかへの切ないような想いが込み上げる。この物語に流れているのは、そんな郷愁の匂いです。そこには懐かしい景色があって、とても逢いたかった人たちがいて、暖かい火が燃えていて、穏やかな風が吹いている。このサッカーズの農場は、そんな場所です。私がこの本を幼い頃に読んでいたら、すっかり自分の故郷の一つにしていたことでしょう。私は、自分の生まれ故郷を持ちません。幼い頃を過ごした場所は、すっかり形を変えてしまった。でも、本を開くと、そこにはいつも変わらぬ人たちがいて、永遠に変わらぬ場所がある。どうも、昔から物語の中の人たちと魂を分け合って暮らしてきたものだから、私もどこかこの現実ではよそ者のような気がします。時間を遡るペネロピーの旅と、物語という時空を超える読書という旅を重ねて、共感と胸が疼くような切なさを感じる物語でした。そして、300年という時を超えて館を、農場を守っていく人の想いを尊いと思う本でした。

1998年刊行
岩波書店

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