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zoom RSS もうすぐ絶滅するという紙の書物について ウンベルト・エーコ ジャン・クロード・カリエール 

<<   作成日時 : 2012/04/17 02:34   >>

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画像このタイトルがいい。紙の書物が「もうすぐ絶滅するという」ことを、この世で一番信じていない二人の対談にぴったりだ。私も、この世界から紙の本が無くなる、ということを全く信じていない一人なのだけれど、この本を読んで、ますますそう思った。

この二人の碩学―ウンベルト・エーコと、ジャン・クロード・カリエールは、奇稀本と古書の収集でも有名らしい。ウンベルト・エーコは著書も読んだことがあるけれど、ジャン・クロード・カリエールは失礼ながら存じ上げなかった。しかし、この二人の博学ぶりといったら!ありとあらゆる本、映画、演劇、語学の話題がつぎからつぎへと繰り広げられるのを聞いていると(そう・・・横で、口をポカーンとあけて聞いている感じ)時間を忘れてしまう。そりゃ、この分厚さになるよね、とその博覧強記ぶりに魅惑されてしまう。この本にも名前が出てくる、ホルヘ・ルイス・ボルヘスといい、この二人といい、この年代の知識人はまさに歩く図書館だ。これは、多分今の電子図書では身につかぬものだろうと思う。彼らの記憶は、本とセットになっていると思われるからだ。ボルヘスの講演などを読んでいると、「○○という作家の△△という本の何頁目に書いてある・・・・」などと、さらりとおっしゃる。晩年、彼は盲目だった。つまり、彼の脳内には、一冊一冊の本が、そのまましまわれている。そして、その記憶は、その本の手触り、装丁、表紙、挿絵、活字の組み方、どこで手にいれたのか、どこで読んだのか、という記憶とともにしまわれているのではないかと思うのだ。インターネットであちこちから情報をかき集めてわかった積りになるのとは、知識の厚みが全く違うのではないかと思う。私たちは、桜を見に遠くまで出かける。空の色、風の匂い、誰と一緒に見たか・・その想い出があるからこそ、お花見だ。ネットでどれだけ桜を見たところで、何の記憶も残らないのと一緒なのではないだろうかと思うのだ。

もちろん、電子書籍にも便利な面がたくさんあるのだろうし、これから普及していくのは間違いないことだろうと思う。図書館でも、それらの収集をどうするか、という課題がある。でも・・とにかく電子書籍というのは、ソフトを読みこむツールがなくては全く意味がない。そして、そのツールはどんどん移り変わっていく。例えば、うちの図書館では、映画などをレーザーディスクで収集していた。ところが、である。あっという間にDVDへ、ブルーレイへ、と保存形態が変わってしまい、今や、ただ所蔵しているだけのものになり果てつつある。音楽だって、そうである。今自分のウオークマンに入っている音楽を、次に買うプレイヤーにそのまま移行させることが出来るのかどうか・・と思うと、今使っているものをひたすら大事にするしかない。しかし、紙の本は、何年、何十年たっても読めるし、利用される。開くだけで、いい。わざわざ機械を立ち上げなくてもいいし、故障もしないし。立ちあがらなかったり、勝手に電源が切れたりもしない。この二人が言うように、発明されたときから完成されているもの、それが本なのだと思う。

・・とか何とか知ったようなことを言ってますが(笑)要は、私もこの二人と同じように、本が好きなのです。自分のまわりに、まだ読んでいない本をうずたかく積んでおくのが大好きなんです。私がこれから読みたい、と思っている本のリストは日々長くなり、多分一生かかっても読めない。でも、せっせと本を買い、図書館で何冊も借りこみ、ちょっとでも暇があれば頁を開き・・度々涎をたらしてうたた寝してしまっても(笑)本と暮らしていきたいのです。そんな自分を欲どしいと思ったり、その割にはなんにも賢くならない自分にびっくりしたりしますが。これは、業のようなものなのかもしれないですね。一種の強迫観念かもと思うこともあります。この本の中で、二人が「我々が読まなかったすべての本」で、あれは何度読んでも最後まで読めなくてね、などと語っているのを読んで、僭越ながら「この二人でもそうなのかあ」と思い、ちょっとほっとしたり(笑)「読書は咎められない悪習だ」「読書依存症」という言葉に、ドキリとしたり。読書依存症・・・その通りかも(汗)

ウンベルト・エーコが近所の女性に、幼い頃に「ねえ、ウンベルトちゃん、あなたは本に何が書いてあるか知りたくて本を読むの?それとも、読むのが好きだから本を読むの?」と聞かれてぎくりとしたらしい。彼は、その本に興味がなくても何でもかんでも読んでいた。「ただ読むのが好きだから」。ああ・・一緒だ(笑)これは、活字中毒というやつです。その昔、国語の時間がけっこう苦痛だったんですよねえ、私・・。なぜかというと、教科書を貰った日に、あっさりと全部読んでしまうわけです。なのに、そこから一年同じ本を使うんですよ!しかも、時間中に、同級生が読む音読を延々と聞かされる。自分の読む速度と違う、それだけでイライラする。授業中なのに、違うところを広げて読んでみたりして(笑)気が散ってばかりいる、ダメダメな授業態度でした。そんなことも思いだしたりしました。私が読書に、何やら背徳の想いを抱いてしまうのは、そういう自分の奇妙さを知ってるせいかもしれません。でもね、本が好きというそこがあるから、私はこれまで生きてこれたとも思うんです。そして、私のような中毒者がいる限り、この二人のような人たちがいる限り、人が人である限り、紙の本はなくならないと思います。そして、何度読んでもこの本を全部読み切れなかったことを、ここに白状して、この駄文を終わりたいと思います。・・この本、やっぱり買おうかな・・。装丁もかっこいいです。(かっこいいって・・ボキャ貧)

2010年12月刊行
阪急コミュニケーションズ

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ERIさん、わたしもつい先日この本読んだばかりなんです!
まさに「この年代の知識人はまさに歩く図書館」ですね〜。おもしろかったです〜。
わたしは、エーコもボルヘスも一冊も読んだことがなくて(カリエールなんて名前も知りませんでした)とりあえず『薔薇の名まえ』から読んでみたいと思います。
わたしも、一生かかっても絶対無理の読みたい本リスト持っています。そこにまた新しい本の名まえが増えました^^

紙の本はお花見って素敵なたとえですね。
そうですよ〜、本を求めて歩き回って、書架から引き出して、眺めて、手触りを感じて、本の匂いを嗅がなくちゃ〜^^

読書依存症の話も、共感しました。
きっと読書好きを自認するひとたちは、かなりの率で依存症にちがいない、と思っています。
このさい、開き直ってどうどうと依存症のまま生きていきたいです^^

授業中に教科書の違うページを読んでいた、というのも一緒です。
それからERIさん、辞書、好きじゃなかったですか?
あっちこっち開いて読むの楽しかったんですよね。理科の時間とかに「なんでお前の机の上には国語辞典が出ているんだ」と聞かれたり、し、しませんでしたよね、もちろん^^
ぱせり
2012/04/17 10:03
>ぱせりさん
「薔薇の名前」面白いですよ〜!私はまず映画を見てそれから読んだのですが、原作を読んで興奮したのを覚えています。もっとも、エーコの本は、いつも私には難しくて必至の背伸び読書なんですが、その感じもいいんですよね。苦労して読む本、というのもいつも一つは持っていたい欲張りです。
ねえ・・本は、やっぱり「本」でないと。新しい本の匂い。持った時の重み。装丁・・その本を、どこで広げたかも含めて、読書ですよね。
辞書好きでした。というか、今でもけっこう好きです。漢和辞典がいいんですよねえ。漢字って、ほんとにドラマチックです。だから、思いがけない出会いがない、電子辞書というのは、好きになれません。でも、理科の時間にまでは開かなかったですよ〜(笑)負けた・・(何にやねん!)
あと「紙」で思いだすのは、その昔コンピューター検索システムがない時代の、図書館のカード目録です。あれは面白かったなあ。大学図書館もそうでしたが、その昔の中之島図書館の、膨大な図書カードの引き出しが並んでいる光景を思い出します。目当ての本を一つ探しているうちに、その前後からいっぱい関連本のタイトルが出てくる。あの出逢う面白さは、紙ならではのものでした。あらら・・昔話しちゃいました( ̄_ ̄i)年がばれる・・・。
ERI
2012/04/17 23:58

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