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zoom RSS よるの美容室 市川朔久子 講談社

<<   作成日時 : 2012/07/03 01:56   >>

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画像私ごとですが(笑)美容院にいくのが、好きです。中でも好きなのは、ゆっくりシャンプーしてもらうこと。今流行りの炭酸ソーダ水で時間をかけて洗い流して貰っているうちに、うとうとしてしまう、あの気持ちよさったらありません。ただし、上手な人にしてもらう時に限りますが。力の入れ具合、リズムなど、やっぱり大きく個人差がありますよね。この物語は、上手な美容師さんのシャンプーのように、いいツボに入ってくる感じ。かちんこちんに固まった女の子の心が、少しずつ柔らかくほどけていく物語です。

主人公のまゆ子は、同級生のタケルの交通事故がきっかけで、うまくしゃべれなくなってしまう。そのせいで母ともぎくしゃくしてしまったまゆ子は、遠縁である美容師のナオコ先生のところに身を寄せている。ナオコ先生は『天使の手』の持ち主。シャンプーが絶品に上手で、甘いものが大好きなナオコ先生のもとには、地元の馴染みのお客さんたちがやってくる。ある日まゆ子は、美容院を覗く、自分と同じくらいの年齢の少年を見つける・・・。

まず、この場所の設定がいいです。傷つき、問題を抱えて自分の居場所をなくしてしまった心が、一時日常から切り離されたところに避難する。これは、児童文学のみならず、物語のひとつの王道です。梨木さんの『西の魔女が死んだ』もそうですよね。学校に居場所をなくしたまいが、おばあちゃんのところに脱出する。英国人のおばあちゃんのいる山の中の家は、日常世界から位相が少しだけずれた異界です。この、「少し」具合がけっこう難しい。少しだけ魔法をかける必要があるのです。元の世界と全く切り離されるのではなく、なおかつ心の緊張がほぐれる場所でなくてはならない。そこに「美容院」という魔法をかけた市川さんのセンスが、とてもいいなと思います。いい匂いのするシャンプーに、磨き上げられた鏡。美容院で髪をさらさらにしてもらっただけで憂鬱が吹き飛んだりする、女性にはかけがえのない心の洗濯の場所なんですよ。まゆ子のいる「ひるま美容院」は、ちょっと古いタイプの昔ながらの美容院。そのレトロな雰囲気も、いい感じに異界です。まゆ子は、そこで毎週休みの前の日に、ナオコ先生にゆっくりシャンプーされて、こわばっていた気持ちがほんわりほどけていく。私もナオコ先生にシャンプーして貰いたくなったくらい、そのシーンは印象的でした。

そして、「言葉」というものの恐ろしさ、怖さ、そして大切さ―言い換えれば「言葉の力」をめぐるあれこれが、この作品の中でくり返し描かれます。このテーマに、私は心惹かれました。自分の何気ない一言が、同級生のタケルの事故の原因になってしまった。その出来ごとの重さが、まゆ子の胸いっぱいにふさがって、彼女の口をふさいでしまう。それまで無邪気に友達を軽口を叩き、簡単に操れると想っていた言葉。意識もしなかったその重みにふりまわされるまゆ子の気持ちが、とても繊細に描きこまれています。

こつん、と壁にぶちあたってしまった時。思いもかけぬ出来ごとに足元をすくわれてしまった時。自分ではどうにもならない悲しみや苦しみに囚われてしまった時。それまで気にしなかった人の言葉や振る舞いに、いちいち傷ついてしまうことがあります。でも、反対に、そんな時にしか気づけない人の優しさや想いがある。ナオコ先生は、あまりしゃべりません。まゆ子がどうして言葉が出なくなったのかも、聞かない。ただ、自分の仕事をきちんとして、まゆ子に美味しいものをいっぱい食べさせる。ただ黙って見守る、そんな優しさ。サワちゃんがくれる、少しお姉さんとしての想いやり。誰とも話せなかったまゆ子が、颯太にだけは言葉を発することが出来る。なぜそうなのか、というひっかかりというか、手ごたえはもう少し欲しかった気がしましたが、不器用だけど、まっすぐな視線でまゆ子を見つめる颯太の率直さも良かった。皆、簡単に口に出来ない重たいものをそれぞれに抱えていて、だからこそまゆ子をそっと包み込もうとします。大切なことは、胸の奥深く沈もうとする。そんな時、こうして心の襞を描く物語と出逢うことで、言葉に出来ないその想いをふっと捕まえたり、共感という河の中に、自分の想いをそっと投げいれることが出来たりする。それもまた、物語というもののいいところ。その共感のための奥行きが、そこここに感じられる物語でした。

個人的に一番はっと胸を突かれたのは、ナオコ先生が、まゆ子に、「・・・もしかしたら、お母さんのことをわかる日が、来るかもしれない」とふと漏らすシーンでした。まゆ子が学校で言葉を出せなくなってしまったことを知ったお母さんは、右往左往します。まゆ子に、「どうして?」とその理由を話すように懇願します。ひるま美容院にいる間、学校に行けない、つまり勉強が出来ないことを心配します。このお母さんの姿は、かっての私。長男が学校に行かなくなった時に、私は全く同じことをしました。だから、こういうテーマの物語を読むときは、やっぱり胸がじくじくと痛みます。愚かであったことが悲しく、自分のとった行動を後悔したりもします。でも、今、同じように右往左往し、どうしていいのかわからず苦しんでいるお母さんがどれほどいることだろうとも思うのです。ナオコ先生のようには、我が子を包みこめなかった・・・つい、そんな風に思ってしまう心の狭い私(汗)。だから、このナオコ先生の一言に、やっぱり苦しんだ過去を感じて、そこに何だかほっとしたんです。何だかね、ちっさい声で「ありがとう」といいたくなりました。

「できることは、できる。できないことは、できない」

ここをはっきりさせることは、特に子どもの時は・・・いや、大人になってもなかなか難しいことです。ほんと、この年になってもここに振り回されっぱなしと言っても過言ではないくらい。しなやかにバランスを取りつつ、人生を泳ぎきっていく洗練は、私には一生程遠いもののような気がしますが、それだけにまゆ子の言葉をめぐる物語は胸に沁みました。せめて、ゆっくりシャンプーしよう(笑)

この本は、第52回講談社児童文学新人賞の受賞作です。

2012年5月刊行 講談社


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