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<<   作成日時 : 2012/09/25 23:55   >>

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画像しみじみと、日本も私も中年になってしまったなと、この物語を読みながら思ったことでした。「汚れちまった悲しみは 倦怠のうちに死を夢む」と詠んだ中原中也は、中年になる前に生を終えてしまったのだけれど、私たち日本人の大多数は、汚れちまった悲しみを抱えたまま、親を見送り、自らの老いと直面する、長い時間を過ごすことになります。もう、その現実を、これでもか、これでもかと畳みかけてくる、この小説のスリルと緊迫感といったら(笑)深く骨身にしみました。他人事じゃない悲惨さを、これでもかと描いてあるんですが・・・「老い」という場所から見渡した、私たちの世代の精神史を読むようで引き込まれました。

私は、日本の高度成長と歩調を合わせて、どんどん日本が豊かになった時代に子どもであった世代です。だから、日本が非常に貧しかったところから、今のように一人一台情報端末を持っているような時代までを駆け抜けている。古い親世代の価値観の尻尾を握ったまま、時代の波に流されていくような世代なんです。だから、何もかも捨てられない。親に対する責任感も、仕事に刻苦勉励してしまう「24時間働けますか」の頃の記憶も、これから迎えなければいけない、高齢化時代に対する慄きも、子ども世代の就職不安も、何もかも抱えたまま、日々をあたふたしながら過ごしている。お尻が軽くてよく働く割に、団塊の世代ほど自己主張が強くないので、便利に使われてしまう、という宿命を背負っています(笑)もう、この物語の主人公の美津紀そのもの。「みっつきい」と年老いた母に名前を呼ばれては走り回る。ほんと、他人事とは思えませんでした(笑)この上下に挟まれる中間管理職的な情動のもとをたどると、どうも、私たちが戦争や日本の近代化というものの尻尾を握っていることにあるんじゃないか、とこの物語を読みながら考えたことでした。

私の親は、戦争の時にはまだ子どもでした。戦時中のどさくさと、その後の混乱とで、あまりちゃんとした学校教育をうけていなかった。そして、当時の田舎と都会の落差は激しかったんです。この物語の「母」である紀子は、芸者の子である自分の生まれと育ちから抜け出そうと大阪から横浜にいきます。私の両親は、紀子が捨てた大阪に14、5歳の時に出てきた人間です。美津紀の夫である哲夫が「僕はウチが悪いんだ」と美津紀に愚痴りますが、こんなん普通やで、ってなもんですよ。だから、その分強烈な「芸術と知」に対する、強い強い憧れがあるのです。父が私に初めて買ってくれた大人の本は、『吾輩は猫である』でした。小学校2年生ですよ?(笑)父も、生涯、「学問」というものに強い強い憧れを持っていた人間でした。そして、その憧れを強烈に牽引し、導いていったのは、明治から日本に生まれた近代小説なんですよね。傲慢なほどの上昇志向と「芸術と知」にこだわり続けた紀子という母が、『金色夜叉』という新聞小説をきっかけにして生まれた、というのは非常に象徴的です。今はもう、ほとんど誰も読まないでしょうねえ・・・。私の世代は、大概があの名セリフをちゃんと空で言えますけど(笑)翻訳という作業を通じて生みだされていった近代小説は、西洋や教養への憧れと共に、日本の繁栄の精神的な礎を築いた。でも、その夢は今、終焉を迎えようとしています。そして、芸術表現が多種多様になった今、小説というジャンルも全く受け止められ方が変わってきています。紀子の無残な老いと死は、ある意味一つの時代の終わりなのかもしれません。

母の死を迎えたあと、美津紀はこれまでの母と自分の人生を振り返り、青春の残滓とも言える結婚生活を見つめ直して、新しいスタートを切ろうとします。離婚後のマネー計算の激しいリアルさに、思わず真剣に読みふけりましたが(笑)貧しいちっさなマンションに自分の大好きなものを美しく飾って幸せを感じようとするのは、森茉莉の『贅沢貧乏』が下敷きになっているのだと思いますが、美津紀はこれから一人で、残された人生で自分が一番大切にしたいこと、つまり翻訳をして生きていこうとします。「美津紀は、最近ますます文字でつづられただけの物語へと戻っていた。書かれた言葉異常に人間を人間たらしめるものがあるとは思えなかった。」右肩あがりの時代が終わり、西洋にひたすら憧れていた時代が終わり、これまで私たちが漠然と「大丈夫」と思っていたものも、去年の震災で崩れ去ってしまった。でも、この物語は命溢れる春で終わります。三世代の母と娘を確かな骨格で描き出してあるこの物語は、「死」と「終わり」を綴ることで、ネガのように浮き出てくる無残な希望を浮き上がらせているようです。それは、夢踊る希望ではない。ここからどういう価値観で生きていくのか、というのが試されているという希望です。美津紀が再び翻訳という近代小説の源に帰っていくのは、水村さんの決意そのものなのだろうとも思います。じゃあ、あなたはどうするの?そんな美津紀の問いかけが聞こえます。明治以降の「近代」の尻尾をかろうじて握りしめている私たちの世代だからこそ、次の世代に残していくものがあるのかもしれない・・・と、美津紀同様、更年期に疲れた体で大それたことを思う私ですが(笑)いろんな危うい方向に船が流れていかないように、いつまでも黙ってないでちゃんと声をあげていかなあかんよな、とそれだけは思うラストシーンでした。右往左往してる間に、あんまり人生の時間残ってへんやん、と思いますもんねえ。もっとも、私に美津紀ほどの恵まれた老後はないだろうと思うと、これまた暗然とはしてしまうのですが。ま、先のことは明日以降考えよう(笑)

母と娘の葛藤、親の介護、尊厳死の問題・・じっくり描きこまれた大作だけに、いろんな読み方ができるこの本。ほんと、私たち中年世代にオススメです。

2012年3月発行
中央公論新社



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