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zoom RSS 引き出しの中の家 朽木祥 ポプラ文庫

<<   作成日時 : 2013/06/13 00:02   >>

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画像時々更新しておかないと、ブログ内検索が出来なくなってしまうので、移転先に書いたのと同じ内容ですが、アップしておきます。

朽木祥さんの『引き出しの中の家』が文庫になりました。単行本も赤い表紙のとても可愛い本だったのですが、今度はピンクの表紙で、これまた乙女心をキュンとくすぐる可愛さ、愛しさです。文庫化を機会に、またこの本を読み返しました。再読って、いいですね。新しい発見と、時間を経て自分の中に積み重なってきたものとの両方を感じながら読むことが出来る。若い頃、大学で物語の受容と創造について講義を聞いたことがあります。昔、印刷がなかった頃は、写本を繰り返して物語は波及していった。その際に、写本をしながら、読み手は自分の物語を少しだけそこに付け加える。もしくは書き換える。それを繰り返すことによって物語は変貌を遂げていくわけです。その変化を研究することによって、私たちはその頃の人たちの価値観や物語観を知ることが出来る。もちろん、私は写本はしませんが、初読みのときから自分の中につけ加わったものを意識することで、いろんなことを改めて感じ、また考えさせられました。これまで単行本で買った本を文庫本で買いなおすことはしませんでした。これが初めての体験なんですが、再読をきちんとし直す機会になってとても貴重でした。朽木さんの本は折に触れて読み返すことが多いのですが、読むたびに新しい発見があります。だから、いつも付箋だらけ。

この作品の感想は、以前のレビューに書いています。ですので、重なる感想は書きませんが。物語の、目に見えているものの奥にあるものの深さに、改めて感じ入ってしまいました。「小さい人」が登場する物語というのは、『床下の子どもたち』(メアリー・ノートン)を初めとして私が知っているだけでも幾つかあります。彼らは小さいがゆえに常に危険と隣り合わせに住んでいます。日本のもので有名なのは、いぬいとみこさんの『木かげの家の小人たち』と佐藤さとるさんの『だれも知らない小さな国』ですが、『木かげの家の小人たち』では戦争が、『だれも知らない小さな国』では、都市開発が彼らの前に立ちはだかる大きな困難として描かれます。この物語の「花明り」たちもそうなんですね。殿様によって弾圧された歴史を持っている。そして、もしその存在が大多数の人に知られるところになれば、散在が池で河童が見つかったときの大騒ぎのようになることでしょう。花明りたちが、ひっそりとどこで暮らしているのは、この物語で詳しく書かれていませんが、常に怯えながら生活していることは想像に難くありません。この物語の前半では、そんな花明りと、病気がちで義母ともうまくいかない七重の孤独な心が重なります。散在が池に身を隠す河童たち。そして、人差し指ほどの小さな人たち。朽木さんのファンタジーは、常にマイノリティである存在が描かれます。河童。小さな人たち。きつねや猫、犬。その心に寄り添い、そっと彼らの世界に目を凝らせて見えてくるもの。その中に、私たちが忘れてはならない一番大切なものが隠れている。思えば、子どもも、この社会の中でのマイノリティである存在です。常に七重のように大人の思惑に左右される。だからこそ、二つの魂は出会うのです。河童の八寸と麻が出会ったように。そんな彼らと心を重ね、寄り添うことで、私たちはとても美しい風景を見ることが出来る。それは、大きなものばかりを見ていては気がつかない、人間らしく生きるための原風景ではないかと思うのです。

大きくがなりたてるプロパガンダや、一斉に雪崩を打って変わっていく世論。マスコミの喧騒に、私たちはとかく引きずられがちです。でも、自分の心の中に、こんな小さな人や、幼い河童の姿を住まわせ、彼らの声に耳を傾けていれば。きっとすべての見え方は違ってくるのではないか。そう思うのです。小さな人は、私たちが守らねばならない時代の中で抑圧されていくものの影を背負っているのかもしれません。そう思いながら読んでいると、この大きな屋敷のからくりは、アンネ・フランクの潜んでいた屋根裏に、ふと重なるように思ったりもしました。小さな存在、隠れているもの、耳を傾けなければ聞こえない声の中に、私たちが守らねばならないものがある。この物語を読む子どもたちの心の中に、花の香りと光を放つ小さな人が住んでくれますようにと思います。そして、大人の心には、彼らが帰ってくる喜びがもたらされるはず。

物語の後半、「今」を生きる薫と桜子が、失われそうになっていた七重と独楽子の絆を結び合わせます。人間と花明り。大きさも生き方も違うけれど、お互いの立場を超えて心を繋ぐ薫と桜子の笑顔が、ラストで見事に花開く光景に胸が熱くなってしまいます。実は数日前にぱせりさんのブログでこの本の感想を読ませて貰ったのですが。ぱせりさんは、この物語の最後に脳内でアメリカに住む七重から手紙がくるシーンを付け加えてしまっていたらしいのです。それをふんふん、さもありなん、と読んでいた私なのですが、なんと私もちゃっかり同じことをしていました。「おばあちゃんが薫にこのライト様式の家屋敷をゆずるつもりで、手入れをしようと密かに決意する」「七重を乗せた飛行機がタラップに到着して、彼女の足先が見える」という二つのシーンを勝手に付け加えていたことが判明。何度もこの物語の細部を反芻するうちに、自分の願望まで付け加えていたんですね。そんなシーンがつけ加わるほど、私もぱせりさんも、この物語に「希望」を貰っていた。そんな気がします。希望は、これからを生きる力、そしてかけがえのない「今」を感じる力です。

「瑠璃のさえずりはね、忘れていた大切なことを思い出させてくれる。あたしたちが、どんなすてきなものを持っているか教えてくれる。ほんとうに大切なことを、きっと思い出させてくれる。だから、瑠璃と会えた人はとても幸せなんだって」

花明りの独楽子に、七重に、薫に、桜子に、またこの文庫で会えて、とても幸せでした。物語の力を信じることが出来る。その喜びも、またこの物語から貰うことが出来ました。薫のおばあちゃんの口からふと「散在が池」という言葉がこぼれて、私の脳内朽木ワールドの地図帳に、そっとこの家の場所が書き記されています。ファンとしては、そんなオタクな楽しみもまたこたえられません。この物語を読んだ人たちが、それぞれどんなシーンを頭の中で付け加えたのか。とっても知りたい・・・。

2013年6月刊行
ポプラ社

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