沼地のある森を抜けて 梨木香歩 新潮社


深い。深くて、大きく包み込むような、小説でしか表現できない
命へのアプローチを見せてもらいました。

物語の始まりは、ぬか床です。そう、お漬物を漬ける
あのぬか床。主人公の久美は、一人暮らしのまま死んでいった
叔母から、先祖伝来のぬか床を受け継ぎます。いや、押し付け
られたというに近いのだけれども。いやいや手入れを続けるうちに、
ある日ぬか床の中に卵のようなものができるのです。
いぶかしんでいるうちに、そこから何と一人の少年が生まれて
きて・・・。

という、ぬか床、という意外なところからこの物語は始まります。
なぜぬか床、という疑問は、この物語を読み進めるうちに氷解
します。いや、ぬか床でなければならない・・。この台所にある
身近な、ある意味野暮ったいものから、この壮大な命の物語
が始まるのです。

久美の家に伝わるこのぬか床の謎とは何か。
それを追求するうちに出会う「風野」という男性。酵母の研究者
である彼は、「性」を捨てて生きることを選んでいる。その彼と
ぬか床の秘密を知ろうといろいろなアプローチを繰り返す
久美。そして、その本編と同時進行する形で、このぬか床
の中で繰り広げられている(と私は思ったのですが)
命の営みの別世界が描かれていく。その二重構造の中で、
「生殖」「滅亡」「再生」という根源的な生命のテーマが語られて
いきます。

まだ読んでおられない方がほとんどだろうと思うので、
あまりくわしい内容まで述べるのはやめますが、
ファンタジーとしての喚起力に満ちたサイドストーリーと、
久美という非常に現実的な女性を主人公にした本編が
重なり合って、物語に具体性とシンボライズされたイメージ
を両立させている。そして、最後にその二つの物語が融合する
ことによって、孤独な命が生まれ、受け継がれていく誇りを
高らかに歌い上げることに成功している、と思います。

何年か前にプラネタリウムを見ていて、
「なんて地球は孤独な星なんだろう」と思ったことがあります。
この無限大のような宇宙に、まだ命を持つ同胞を見つけられない、
宇宙に生まれたたった一つの細胞のような星。
その圧倒的な孤独と命の広がりを同質のものと受け止める
梨木さんのこのアグレッシブな挑戦を、よく噛み締めたい。
ファンタジーに描かれている暗喩は、一度読んだだけでは
まだ捉えきれていないし。アザラシの娘たちには、
アイルランドの民話が背景にあるような気がするけれど・・。
ゆっくりと何度も読んでいく楽しみにひたれそうです。

「物語を語りたい。
 そこに人が存在する、その大地の由来を」

と、「ぐるりのこと」で書いておられましたが、「からくりからくさ」
から続くテーマが見事に深化していることにうたれました。
ぜひ手にとってほしい個人的に本年度NO.1の大作です。

おいしい本箱 → http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=000518

梨木香歩さんの本 → http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=000417
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               http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=000277




この記事へのコメント

MARU
2005年09月12日 20:06
はじめまして。
この本は本当にすごい本でしたね。
僕もブログで取り上げたのでTBさせてもらいました。
ミチ
2006年01月08日 23:04
こんにちは♪
読みましたよ~!
すごいスケールのお話でしたよね。
梨木さんの発想には感服です。
「ぬか床」や「沼」から生まれるっていうことがあってもいいよね、なんて終いには思ってしまいました。
相変わらずファンタジー部分(例えば「裏庭」なら裏庭の部分)がちょっと苦手な私ですが、現実世界の人間の描写が大好きなんですよね。
この記事はTBできなかったのです。ゴメンナサイ。
http://blog.goo.ne.jp/oj0216nm/e/1adf3f1076f265e989c568828d89c918
2006年01月09日 12:18
>ミチさん
梨木さんの発想には、いつも驚かされます。思いがけないものから始まって「え?」と読んでいくうちに、それが「これしかないわ」という確信に変わっていく快感。梨木世界のマジックにひたる楽しみを心ゆくまで味わいました。
2008年06月03日 23:29
ERIさん、こんばんは(^^)。
何とも不思議な物語でしたね。
「新しい生命の形」を示唆する物語。
生物は、進化しつつ流転する。
そんな奥深さを感じ、その在り方に思い(私の場合は根拠の薄い妄想(笑))を馳せる物語でした。