ZOO  乙一 集英社

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この作品は2003年に刊行になってるんだなあ。
非凡な才能が凝縮しているようなこの短編集を久しぶりに読み返した。
天性の小説家ですね、この人は。
人間が心の片隅に抱えている自意識や妄想や幻想を、確かなイメージ
で形にしてみせる。グロテスク、とよく言われるけれども、彼のグロテスクさ
には、確固たる美意識があって私は好きです。たとえば「冷たい森の白い家」
に出てくる死体を積み重ねて作られた家のイメージ。暗い森の中で月光を
浴びているその家の幻想は、恐ろしくも美しい。
そして、乙一の幻想なのにもかかわらず、なんだか昔にどこかで見た光景
のような既視感を伴うのです。確かに私はこの光景をみたことが、ある。どこで?

それはこの世に生まれてくる前かもしれず、無意識のなかに埋もれてしまっている
ユングの言う人間の集合的な無意識の中にあるものなのかもしれない。
深く心の中に埋没している残虐さや自意識や、生への衝動。
それを鮮やかに切り取って見せてくれる彼の小説には、凄味があります。
小説ならではのリアリティにあふれているので、けっこう読む人によっては
拒否反応があるのかもしれない。「GOTH」などは、反社会的、というひとくくり
にされてしまいがちだし・・。
しかし、私は彼は非常に正統的な小説の書き手だと思っています。
深い無意識の底を探って、人のあり方を探ること。
現実ではありえない設定の中に人間を放り込んで、そこに人間のリアルな
感情を喚起させること。

「神の言葉」という短編には、自分が発した言葉で他者を変化させてしまう
男の話が描かれている。自分が気に入らないものを「○○になってしまえ」
などと心の中で思うのは、誰でも一度は経験があるはず。
その言葉を自分の自意識を守るために使い続けて、ついには自分以外の
人間をすべて滅ぼしてしまう。・・・暗い話ではあるのだけれど、
自意識というもののどうしようもなさ、の一面を突いてますよねえ。
生きている限り、他者の目に映る自分、というものからは逃げられない。
そういうどうしようもなさ、を眼の前にして眺めてみること。
これは一つの小説のあり方として昔から多くの小説家がやってきた
ことでもあります。それを現代という鏡に映して共感をもって伝える
こと、そしてそれが人々に新しい驚きをもたらすこと、これは
優れた小説家の祝福された姿だなあ、と思います。

しばらく新作を読んでないなあ。多作は無理な人でしょうけれど、
しばらくぶりに読み返したら、彼の新しい作品を読みたくてうずうず
してきました。近状は知りませんが、早く書いてほしいなあ。
欲張りだなあ・・。

おいしい本箱 → http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=000549




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