魔王 伊坂幸太郎 講談社


昨日この「魔王」と「呼吸」を読み終わったのだけれども、正直戸惑った。
私は彼の作品を読んだときに感じる「カタルシス」をずっと求めながら
最後まで読んだのだが、結局最後までそれはなかったから。

以下、出版されてすぐなので、まだ読んでない方、注意してくださいね。



両親を交通事故で亡くしたあと、二人で暮らしている、兄と弟。
兄は常に自分のまわりの様々なことについて考えに考える性格。
一方弟は、自分の直感を大事にするタイプである。
うだるような暑い日に、兄は自分の思ったことを人にしゃべらせることが
できるという腹話術のような能力があることを発見する。
同時に彼は、犬養という一人の政治家の出現にわけのわからない不安
を感じていた.。不況と度重なる外国からの批判に鬱積する人々の不満を
うまくすくいとって自分への支持に変えていくカリスマ性のある政治家。
その言動の端々にファシズムへの不安を抱いた彼は、テレビの前で、
犬養に自分の考えたことをしゃべらせようとするが、さすがにそれはできない。
不安にかられたまま体調もくずしていく兄。それを心配する弟。
兄の仲で均衡が崩れていく。そして、ある日駅前の演説会をする犬飼に近づく
ことができるのだが・・。

冒頭にも述べたとおり、初め私はいつもの彼の作品にあるカタルシスを
ずっと求めて読んだ。しかし、それはどうも今回見当たらなくて、「おや?」
と思ってしまった。そこで講談社のホームページを見ると、次のような
伊坂氏の言葉がのっていた。

「自分のそれまでの小説で好意的に受け止められた部分を、ほとんど削って書いてみようと思ってもいました。たとえば、「伏線を生かした結末」であるとか、「意外性」であるとか、「爽快感」であるとか、そういう部分を削ぎ落として、そうしたら、読者はどう思うのだろう、と考えたのです。」

そうかあ。それなら違う読み方をするべきなのだな。
伏線ばっかりさがしてたぜ、と眺めなおしてみました。

この小説「魔王」が書かれたのは、2004年。
つまり、今年の自民党圧勝の前に書かれているわけで、この不満から
一つの方向に流れていこうとするムードを捉えた予言性は、さすがに
時代を感じ取る作家の嗅覚なんでしょう。そして、このムードというか、
もやもやした雰囲気を解説したり分析したりせず、あくまでもそのままの不安の
形として書いたところに、この小説のキモがあるのかな、と思ったのですが・・。
ファシズムがなぜいけないのか、論理的に語られるわけではない。
「ファシズムはテーマではない」と本人も言っているように。
それは、すいかの種が規則正しく並ぶ気持ち悪さとか、ライブでの
人々の熱狂などであくまでも感覚としてしか伝えられない。
つまり、それは渦をまく人々の無言のもやもやが起こす一つの形
への気持ち悪さ、皮膚感のようなものなのだろう。
悪意や人々の不満にも質量があって、それがもやもやと
たまっていくと、急に意思をもって走り出すことのこわさ。
アンダーソンという青年の家が誰かに放火されてしまったように。

と、「魔王」の方はなんとなく物語の芯が見えたような気がしたの
だけれども、「呼吸」のほうを読んで、さらに戸惑ってしまった。
「呼吸」では、「魔王」で兄が死んでから数年後の弟の姿が
書かれる。弟は兄がなぜ死んだのかが直感的にわかっている。
不安を抱えたまま結局何もできずに死んでしまった兄は
弟に一つの贈り物をした。それは「魔王」の最後で暗示されているのだけれど、
それは・・。運や勘を必要とする勝負で「勝つ」というもの。
国民投票がとうとう実施され、大きな二者択一を迫られるという時代の間で、
その能力に気づいた弟は、競馬で金をため始める。
「馬鹿でかい規模の洪水が起きた時、俺はそれでも、水に流されないで
立ち尽くす一本の木になりたいんだよ」
「お金は力だろ」

え~、そうなのか・・。ちょっとこれはがっくりきてしまった。
うん。お金は力です。なにしろテレビ会社も買収し、球団も手に入れ、
資本主義ですから、バカスカ株もかっちゃえます。今お金で手に入らない
ものはありません。でもなあ・・。小説家がそれ言っちゃっていいのかなあ・・。
というか、「つまるところそこかい」と心が寒々しくなっちゃう。
だけど他に何があるの、と聞かれたら確かに困るんだけれども。
だって、お金ほど具体的に幸せの形を提示するものはないものねえ。
でもなあ・・。現実がそうだから、せめて違うものを見せてくださいよ。
なんて思うのは甘いのかなあ。
まあここを「リアリティ」として評価する人もいると思われるので、これは
個人的な好き嫌いに過ぎないのかもしれませんが。

しかし確かに「国民投票」というものが伊坂氏の書くように実施されたとしたら、
これは非常に困っちまうだろうな、とは想像できます。
理想を現実のほうにあわせてしまっていいのか。
憲法が本当に理想の形なのか。
長年ほったらかしてきたこの論議に、決着をつけるのは、やはりこわい。
こわいから逃げてきたのだろうけれども。
「考えろ、考えろ、マクガイバー」。
その兄の呪文のような言葉は心に残りました。

おいしい本箱 → http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=000565
伊坂氏の本 → http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=000287
           http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=000367
           http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=000470
           http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=000500
           http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=000514


追記:現実になってきましたね、国民投票・・。現実と小説がリンクするような不思議な
感覚に襲われます。「考えろ、考えろ、マクガイバー」。これは本当に考えなきゃ。











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この記事へのコメント

こばけん
2005年12月08日 20:28
こちらでもトラバ返しありがとうございます。
まさに解散総選挙の直前に読んでいたものですから、
言いようのない恐ろしさを感じたものでした。
またちょくちょく寄らせていただきます。
ゆうき
2005年12月21日 23:42
こんにちは。
わたしも「お金は力だろ」には、
ちょっと、こけっとなりました。
でも、弟の超能力、かなりしょぼいので、
しょうがないかあ・・・と、思いました(笑)
では!
ミチ
2006年05月01日 14:06
こんにちは♪
TBありがとうございました。
いつもの雰囲気とはちょっと違うな~と思いながら、それでもなんだか背中がぞわぞわする気分で読み終えました。
最近観た映画「V フォー・ヴェンデッタ」もファシズムの話だったのですよ。
民衆の洗脳されやすさが一番私にはショックなことです。
賢くいなくてはと思います。
「考えろ、考えろ、マクガイバー!」ですね~。
2006年05月02日 20:45
>ミチさん
「民衆」は一人ひとりの人間なのに、大勢になるとなぜか流されがちになってしまう・・。「考えろ、考えろ、マクガイバー!」は、覚えておくべき呪文だと思っています!
やぎっちょ
2006年05月23日 01:08
ERIさん こんばんは。
(↓アゴタ・クリストフの方にコメントしたら会員だけだったので改めてこちらに)
TBさせていただいただけなのに、わざわざコメント残しに来てくださってありがとうございました。アゴタ・クリストフの悪童日記。94年に読んだのがすっかり記憶から消えていて、ある本ブロガーさんのススメで再読してみました。すごいですよね。
そしてちょうど今日2部3部を買ったところなので、こちらにコメントさせていただきました。

ERIさんは本の幅が広いですねぇ。そして、このアゴタ・クリストフ自伝の感想もそうですが、緻密で長い!しかもわかりやすい。
見習いたいものです。。。

ブログ(の左下)にリンクを貼らせていただきました。一応本のブログなので、リンク先は「テーマ「本」の記事」に飛ぶようにしました。もし、不都合などありましたらおっしゃってください。
それからTB大歓迎なので、貼りに来てくださいね。
また遊びに来ます!何かオススメ本があったら教えてください。チャレンジしてみますので!!それでは。
2006年05月23日 21:19
>やぎっちょさん
コメントありがとうございます。ここ数日変なコメントをいっぱい付けられていて、困り果てたあげく、ちょっとカキコミしにくくしていたのです。ご迷惑かけました。
「悪童日記」はすばらしい作品ですよね。彼女の人生が凝縮されたような迫力を感じます。「文盲」で触れた彼女の人生とともに、もう一度読みたいと思っています。リンクありがとうございます。さっそくこちらからも貼らせていただきますね。私もお邪魔いたします!!オススメはたくさんありすぎて困るんですが(爆)朽木祥さんの「かはたれ」を読んでみてください。最近読んだなかでは、一番私が美しいと思った作品です。
紹介文は、こちらです!!

http://oisiihonbako.at.webry.info/200602/article_11.html
やぎっちょ
2006年05月24日 03:17
ERIさん、こんばんは。
そうですね、うちにも変なコメントいっぱい入ってきます。削除が大変で・・・。
リンクありがとうございます!そして、早速本を紹介してくださってうれしいです!!
でも確かにオススメはたくさんあって困りますよね。
最近本ブロガーの皆さんに本を紹介してもらうことが定着してしまって、なんだか結構たまってます・・・。
「かたはれ」読んだらまたコメント&TBしますね。もちろんそうじゃなくても遊びに来ます!いろいろと参考にしたいし。
これからもよろしくお願いしますね!!
2008年04月25日 00:04
ERIさん、こんばんは(^^)。
安易に流される大衆への警告?ともとれる、恐い物語でしたね。自分で考える、自分の考えを持つのが、今はとても難しい。TVやネットなどで、情報のインプットがやたら多いから。
しかも、きっとそれを操作するのはとても簡単・・・恐ろしいですね。
ERI
2008年04月26日 01:55
>水無月・Rさん
こんばんは!!情報が溢れれば溢れるほど、ほんとに、その情報に振り回されないことが大事ですよね・・。でも、それって難しいですねえ。自分の頭で考えることが、一番大事なんですよね。きっと・・。