トリツカレ男 いしいしんじ ビリケン出版
恋に落ちてしまった人に、もしくは恋に破れてしまった人に、はたまた愛することに疲れてしまった人に・・。愛ってなに?と聞かれたら。私はふっとこの本を差し出してしまうかもしれないなあ。人を恋する、ということはその人に、そして恋してしまった自分の気持ちにトリツカレてしまうことだから。とことん愛にトリツカレてしまった男の、滑稽で幸せな、お話。たとえはたからどんな目でみられようとも、こんなに人を愛せるのは、やはり幸せなことだよなあ・・。
ウエイターのジュゼッペは、一度何かにとりつかれたら、もうとことんまでやらなきゃ気がすまない男。いや、気がすまない、というのではなくて、そのことしか考えられなくなってしまう。三段飛びにトリツカレたら、世界記録まで。オペラ、昆虫採集、眼鏡の収集、探偵、外国語・・・。みんなは苦笑しながらも、トリツカレ男が今度は何に
熱中するのかを、ちょっと楽しみにしてる。ジュゼッペは、一番になりたくて、もしくはお金がほしくて熱中してるわけでもない。ただ、本当に「やりたい」だけなのだ。友達は、言葉の話せるハツカネズミ。ネズミの飼育に凝ったときに生まれた、突然変異のネズミなのだ。
そのジュゼッペが、ある日急に一人の娘にトリツカレる。彼女は貧しい風船売り。外国からやってきたせいで言葉も不自由で、友達もいない。もう一目ぼれしてしまったジュゼッペは、彼女の知らないところで、ネズミの強力をあおぎつつ、借金を清算し、病気のお母さんを治し・・。でも、愛するペチカの顔に漂う影はなくならない。彼女には行方不明になってしまった婚約者がいたのだ。それを知ったジュゼッペは、今度はその男になりきることにトリツカレる・・・。タタンというその男が乗り移ってしまうくらいに。そして、タタンに会いたい、という願望が満たされたペチカは、ジュゼッペの愛に気づく・・。
ジュゼッペは、これだけペチカに尽くすのに、彼女には何も求めない。滅私奉公。という言葉が似合うくらい。山本周五郎の「昔も今も」の直さんのようだ。でも直吉が非常に不器用な男であったのに比べて、このジュゼッペは、それまでトリツカレていたことを活用して、愛の難問を次々解決してしまう。そこが読んでいて、もうとにかく楽しい。いしいさんの世界は、いつもながらちょっとこの現実世界から外れた異国のような、いかにも物語の世界なので、この数々のジュゼッペの活躍が、おかしくも腑に落ちて「やったね、ジュゼちゃん、一つクリア!」と叫んで応援したいような気分にかられてしまう。愛する人の曇りない笑顔が見たい。それだけのために走り回るジュゼッペが、だんだんかっこよく見えてくる・・。
この物語は、なんとも素敵なハッピーエンドを迎えるのだけれども。たとえそうならなくても、自分の気持ちが伝わらなくても、あの凍えるような雪の日に倒れ付してしまったとしても。ジュゼッペは幸せだったに違いないなあ。それは単なる自己犠牲の満足とは違って、そうしたいからするんだ、という自分を貫いたことの満足・・。もちろんペチカはちゃんとそれに気づいてくれるのだけれども。この物語が教えてくれるのは、人に恋をする気持ちの原点、なのかもしれないなあ。愛しい人に笑ってほしい。それだけ。
愛の純粋さを取り出して暖炉にくべたら、この物語を話し出すかもしれない。おとぎ話かもしれないけれども、嘘じゃない。そんな恋人達の素敵な物語でした。どこかに本当にこんな恋人達がいるかもしれない。そんな風に思える幸せをおすそ分けしていただけます。
おいしい本箱 → http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php
この記事へのコメント
いままで-イメージしか持っていなかったのだけれど
この本を読んだら、トリツカレるのもなかなかいいものじゃない?
って思うようになりました。
でもよく考えたら、人は誰でも何かに夢中になることがあるわけだし
それが「トリツカレ」るってことなんですよね。
いしいしんじの本は初めて読みましたが、とても面白い本でしたね。