クリスピン アヴィ 求龍堂 金原瑞人訳

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自分が自分であることを獲得する。
自分で「なぜ?」と思うことの答えをさがしていく。
当たり前のように思うことだけれども、ふと立ち止まって
考えれば、これほど大切なこともない、とも思えます。

舞台は14世紀のイングランド。
領主が絶対的な権力を持ち、人々を支配していた時代。
この物語の主人公の「クリスピン」は、始め名前も持っていない。
生まれてからずっと「アスタの息子」と呼ばれ、なぜかさげすまれ、
ずっと押さえつけられてきた。たった一人の家族である母が死に、
たった一人になった彼を、なぜか領主の執事のエイクリフが抹殺しようと
する。命からがら逃げ出したクリスピン。その途中で、彼は「熊」という
大男に出会う。彼は軽業や歌で村々を回って稼ぐ男。「熊」はクリスピン
を無理矢理自分の仲間にし、彼に自分の技を教えていく。
そして、クリスピンに、自分で考えること、自分の運命を自分で切り開いて
いくことを教えようとする。はじめは全くその意味がわからないクリスピン
だが、熊のやさしさに触れ、自分のできることが増えてくるにしたがって、
徐々に自分の意志で自分の運命を切り開いていくことを考える
ようになる。しかし、エイクリフの魔の手は、クリスピンを執拗に狙う。
彼はなぜ狙われるのか、そしてなにやら秘密がありそうな「熊」の正体は・・?

クリスピンは、熊に出会うまで、自分というものを一切もたない
人間だったのだ。さげすまれ、いじめられ、常に服従を強いられる生活
の中で、頭をあげて空をみつめることさえ知らなかった少年。
それは、まず一人の人間としてのアイデンティティも自由も何もない、と
いうこと。その彼が熊と出会い、その自由さと思想にふれ、徐々に
変わっていく。その成長が、読むものに様々なことを投げかける。
奴隷として従うのではなく、自分の頭で考えること。
ユーモアを持つこと。
「悲しみを捨てろ、クリスピン。そうしたら自由がみつかる」
歌を歌うこと。魂があるものは歌を歌う。
音楽で人生に微笑みかけること。
神の思し召しだけではなく、自分で人生を切り開け・・。

まっすぐなクリスピンは、熊のいうことに始めは混乱し、反発
しながらも、いつか彼を慕うようになる。まるで本当の父親のように。
クリスピンがつけ狙われるのは、彼が本当は領主の落とし子だから。
熊をさらわれ絶体絶命の危機に陥ったクリスピンは、あんなに
逃げ回っていたのが不思議なくらいの力を発揮して熊を助け、
そんな運命を自ら葬り去る。そして、熊と歩き出すのだ。
最後に彼は堂々と宣言する。
僕の名前はクリスピンだ、と・・。

「自由」という概念が芽生え始めた時代。
それを獲得することさえも困難な時代。
そこから、たくさんの物語や戦いや、苦闘があって、今私達は
「自由」を、とにかく自分の意志で人生を切り開ける自由を持っている。
でも、自分たちがそんな自由を持っていることを忘れがちになっていまいか・・。
そんなことを考えてしまいました。
今日「ユン・チアン」さんの「マオ」を読んでいたんですよ。
これがもう、本当に鬼気迫る恐ろしさ。
淡々とした筆致なんですが、つい数十年前の中国で何が行われていたか、
その詳細な記述に、心底から恐怖を覚えました。
数千万もの人間を死においやるとこができる「権力」というもの。
それが、こんな身勝手な、おそろしく残酷な手で振るわれていた、ということ。
そして、その詳細を、今まで自分が知らなかった、ということ。
それに衝撃をうけました。
私はたまたまこの時代の日本に生まれた。
だから好きな本を読み、好きな言葉を使い、好きな歌を聴き、好きなものを
食べている。でも、これが少しでも国や時代が違っていたら、自分も
こんな狂気のなかで生きていかねばならなかったかもしれない。
このクリスピンのように、地を這うように、人にさげすまれて
いたかもしれない。
そう思うと、このクリスピンの獲得した魂の自由が、いかに大切な
人が人として生きるうえで不可欠なものかが本当に身に沁みました。

この作品は、アメリカのヤングアダルト・児童文学作品の最高の賞である
ニューベリー賞を獲得しています。
自由への賛歌、ともいえるこの作品には、その価値がありますね・・。

おいしい本箱 → http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=001050

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