禁じられた約束 ロバート・ウェストール 野沢佳織訳 徳間書店

画像この本のレビューを書こうと思いつつ、ずっと持っていました。なんだか、この命の重みが、うまく書けるかどうかわからなくて。ちょっとプライベートで、命についていろいろ考える機会があって、この物語について書いてみたくなりました。

舞台は、イギリス。第二次世界大戦の真っ只中。主人公のボブは、14歳の少年。成績のいい子が集まるクラスで、彼は運命の少女・ヴァレリーと出会う。彼女はボブの父親の上司の娘。燃えるような赤毛の美しい少女。何やら、他の少女とは違う神秘的な雰囲気に惹かれる、ボブ。その視線に応えるように、ヴァレリーは、ボブを家に招待する。始まった二人の恋。しかし、ヴァレリーにはもうたくさんの時間が、残されていなかった。

逢うたびに、色濃く死の匂いを漂わせている少女。もう、初めから、ボブとヴァレリーの間には、大人と子どもくらいの精神年齢の開きがある。元々、女の子は、男の子より早く大人になるんだが、ヴァレリーは自分がもう長く生きられないのを知っている。これが、大人びずにいられようか。生きて、きらめいて、恋をしてもっともっと生きたいのに、それができないヴァレリー。そんな彼女の生きる証は、ひたすらボブへ向かう。精いっぱいおしゃれして、口紅やマニキュアもつけて、ボブを迎える女心を、とても切なくウェストールは書ききっている。まだボブがはっきり自覚していない「性」に対しても、ヴァレリーは積極的だ。キスしてほしい、とねだり、自分から舌を入れてきたり・・。できうる限り、生きていることをむさぼろうとする、生きることへの希求。その必死さが、ボブの心に食い込んでいく・・。このあたりの、二人のぎこちない、不器用な恋愛が、まさに初恋。初めから壊れてしまうことがわかっているような、もろくて崩れそうな気配を書くリアルさが、凄い。二人があるく川岸の風景、ヴァレリーの贅沢なつくりの家で交わされる、薄氷を踏むような会話。この描き出される危うさが、後半の大きな伏線になっていくあたり、さすがだと思う。二人は、約束を交わす。

「ねえ、ボブ、ひとつ約束してくれる?」
「うん、なんでも約束するよ」
・・・中略・・・
「よくこわい夢を見るの。迷子になっているのに、だれもさがしに来てくれない夢。
だから、約束して。もしわたしが迷子になったら、きっと見つけてくれるって」



ヴァレリーを、遠出に連れ出して、病状を悪化させてしまった日から、ボブはあまりヴァレリーの元に行けなくなる。おりしも戦争が始まり、激化していく中でボブは、一時この少女のことを忘れてしまう。しかし、とうとう死の影が彼女を襲い、ヴァレリーは死んでしまう。ところが、ヴァレリーが死んでから、ボブは彼女に囚われることになる。

だれかが死ぬと、人はそぞだれかをさがし始める。それが自分にとって大切な人ならば。ばかげて聞こえるかもしれないが、ほんとうのことだ。


ヴァレリーが死んでから、ボブは全てに現実感をなくし、ヴァレリーと過ごした日々を思い、どんどんそこに囚われていく。そして、とうとうあの世にいけずに彷徨うヴァレリーの姿を見て、声を聞いてしまう。

私がここで考えたのは「不在」というものの力。ヴァレリーが生きている間、ボブは確かにヴァレリーのことが好きだったのだが、これほど囚われているわけではなかったのだ。自分を引きずりまわすヴァレリーにイラだったり、戦争に気をとられてあまり会いにいかなかったり。しかし、ヴァレリーが自分の前から消えていなくなってしまったとたんに、ボブはヴァレリーに囚われ始める。お墓に毎日いって語りかけ、だれもいないヴァレリーの家に行き、彼女の姿を探す。伏線としては、この世に執着していたヴァレリーが、ボブを呼ぶのだとも読めるのだが、どうも私の目には、ボブが自らヴァレリーに囚われにいっているとしか思えない。

それまで、この世にいた人が、いなくなってしまう。いつでも逢えると思っていた人と、二度と会えなくなる。確かに、人一人いなくなっても世界は変わらないし、花は咲き続けるのだけれども。やはり、その「不在」は、残ったものたちに、大きな穴を開ける。二度とは戻らない穴。その穴には求心力があって、ややもすると残ったものはそこに吸い込まれていきそうになる。いなくなってしまったヴァレリーの穴を、ボブは自分の思いで埋めようとした。自分だけの、心の中だけのヴァレリー。ヴァレリーの幽霊は、まるでボブの作り出した恋の幻のようだ。それは、体も形もなくした、心だけの存在だから、かえって際限なく心を焼き尽くしていく。

「やっと見つけたわ。すごくこわかったけど、とうとうあなたを見つけた。・・・中略・・・愛はほんとうに、墓よりも強いのよ・・・でも、寒くて寒くてたまらない。ベッドへ入れてくれない?あなたをさがして、こんなに遠くまで来たのよ」ぼくは思わず両手をさしのべ、彼女を抱き寄せたらしい。彼女の体の冷たさには息をのんだ。それは海の波の冷たさにも似ていた。でも、もう僕は慣れていて、苦痛には感じなかった。むしろ、うっとりするほど気持ちがよかった・・・。


この恋の甘美なこと。死とエロスは隣り合わせであると私は思う。今、生きている刹那の感触を強烈に味わうことがエロスなら、それはやはり「死」というものが潜んでいるその闇を感じることだから。その闇からやってきたヴァレリーを抱きしめる強烈な甘美さは、読んでいてなんとも蠱惑的。恋の切なさが、胸に流れ込んでくる。最後、ボブはヴァレリーの父親に諭されて、ヴァレリーの亡霊から逃げることができるのだが、そのシーンは、ウェストールらしい、現実感とリアリティに満ちている。目の前に突っ込んできた爆撃機に乗っていた、目の前で死んだ男がヴァレリーをさらっていくという、なんとも劇的なシーンなのだが、轟音がつんざくような描写力が、その非現実を、まるで手触りがあるかのような現実にしてしまう。ボブの目の前から去っていったヴァレリーの微笑みが、心に焼きついて離れなくなってしまう。

一つの生き物のように描き出されるウェストールの物語は、いつも私を圧倒するのだがこの物語に感じるのは、「生きる」ことを望んでやまなかった、少女の思いの強さ。そして、愛する人のことを忘れまいとした、少年の心の切なさ。大切な人をなくした時、人はその人のことを心に刻もうとする。忘れたくないと願う。その二つの心が解け合ったときの、魂がした体験は移ろうこの人生に対する反抗のようだ。永遠なんてないのだけれど、この恋人達はこの物語の中で、一瞬の命を燃やしている。その輝きを、書き留めたウェストールの世界を、どうか一度味わってみてください。

おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php



この記事へのコメント

ジン・・・
2011年05月27日 11:44
私も「禁じられた約束」を呼んだことがあります。それは中学1年生の時でしたが、今でもこの作品のことが忘れられません。私はこの作品を呼んで、ものすごい恐怖を覚えたわけでも、心が温かくなったわけでもありません。ですが、すごく印象に残っていて、もう一度読みたいと感じさせるそんな・・・感想を持っています。これを読んだ時が中学1年生だったので、この作品の本当の素晴しさを明確に理解出来ていないだけかもしれません。ですから、今このブログを呼んで「生」と「死」の違いといいますか・・・、生きている人が死んだ人には勝てないとよく言う理由が分かったような気がしました。
ERI
2011年05月27日 23:52
>ジン…さん
こんばんは。昔読んで忘れられない一冊ってありますよね。何だかわからないけど、もう一度読みたいと思う。そんな一冊って、あまり無いものです。良かったら、もう一度読んでみられたらどうでしょう?また、新しい発見があるかも。ウェストールの物語を私は大人になってから読んだのですが、読み始めると気持ちがYA世代、つまりティーンエイジャーに戻ってしまいます(ちょっと厚かましいですか・爆)気持ちは10代、その自分をええ年した大人が見てる、というちょっと複雑な楽しみ方も出来ますよ。もし読まれたら、少しだけでも感想教えてください。
シゲル
2014年10月08日 02:17
とても素敵な感想だと思いました。ありがとうございました。僕もこの作品を読んでとても感銘を受けました。生きていく、ということを感じました。