鼓笛隊の襲来 三崎亜記 光文社

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三崎さんの短編集。
なかなか切れ味よくて、どれも三崎さんならではの味わいの短編ばかり。
日常の中に、ふっと一つ、架空の設定を混ぜてある。
台風の変わりに、鼓笛隊がやってきたり。
公園の滑り台に、本物の象がやってきたり。
美しい女の背中に、ボタンが付いていたり・・。
噛み切れない異物を飲み込む違和感を感じながら、その物語世界を
咀嚼していく、その痛みのような感覚が、いい。
確かに、一つ一つはありえない設定なんだけれども、その設定が、なにやら
どこか懐かしい。懐かしい、という言葉とは、少し違うかな?
うーん・・どこか、この世界の不安に、繋がってるような感じがあるんですね。


例えば、「校庭」。学校の真ん中に立っている、誰も気に留めない家。
そこにいるのに、その存在に気づかない女の子・・・。
こういう事って、友達と昔話をしているときに、ままありますね。
他の人は覚えているのに、自分は全く覚えてない。
もしくは、自分だけが覚えていて、他の誰も覚えてない子。
色々話しているうちに、本当に、その子がいたのか、どうなのか、あやふやに
なってきたりして・・。
記憶、というもののあやふやさ。しかし、私たちは、記憶の積み重ねで生きている。
確かにあった、と思う存在が、ゆらぐ。そのゆらいだ時の、なんとも心もとない気持ち。
自分の手から、するりと、何かが抜け落ちていくような気持ちになったことが
誰でもあると思うんですが、そんなものを書かせると、ほんとに上手ですね、
三崎さんは。

個人的に、一番好きだったのは、最後の「同じ夜空を見上げて」。
五年前に、駅を出発したまま、どこかに行ってしまった、電車。
その中に乗っていた恋人を、ずっと待っている主人公・・。
同じ日、同じ時間に、すれ違う電車に乗ったとき、その今は走っていないはずの
電車と、一瞬すれ違える。

私は、電車、特に夜の電車に一人で乗ると、すぐに離人感に襲われます。
何だか、心が彷徨い出る。自分が、このままどこか、違うところに運ばれて
いくような気がする・・・。電車に乗っている自分を、離れたところからぼんやり見て
いるような気持ちに襲われます。自分という存在が、非常にあやふやになる・・・。
そんな時、すれ違う電車の中に、ふともう一人、違う
自分がいるんじゃないか、とよく考えたりします。
だから、なんだか、この物語が、デジャブのようで。
そのせいなんでしょうか・・。
この物語の主人公は、こちらの世界にいるんですが、この短編を読んでいる間、
私の視点は、夜の電車に乗ってどこかに行ってしまった恋人にありました。
夜の中をひたすら走り続ける電車の中から、二度と抱きしめられない恋人を
見ている。その指、髪、笑う唇の形、触れたときの、ぬくもり。
自分のことを待っている恋人に、メッセージを届けたい、と思う気持ち・・。
あの、神戸であった、たくさんの若い人が、一瞬で亡くなってしまった事故の
ことも思い出したりしながら、今、確かにあると思っている、この暮らしを
外側から眺めたときの、危うさと、それだからこその愛しさを感じました。

人は、いつも何かしらある理不尽の上に、生きている危うい存在であると
いうことは、文学の永遠のテーマ。
それに、多分私たちは慣れてしまうことはできない。
だって、何と言っても、私たちは、「自分」の生を、一度きりしか送ることが
できないのだもの・・。その一度きりの生を、違う視点で、見つめられる、
そんな物語が私は好きだ。
三崎さんが見せてくれる、ゆらいだ世界は、「今」を映し出す鏡。
そこに映る「今」は、実相より、ちょっと綺麗で切ない。
・・今度は、長編期待します。




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この記事へのコメント

ナカムラのおばちゃん
2008年05月03日 11:24
おばちゃんは表題作『鼓笛隊の襲来』がいちばんすきなのですが、『同じ夜空を見上げて』を読んだ時ERIさんと同じように神戸の事故が頭に浮かびました。
いつも通り出て行った人が突然帰ってこない。
理不尽でどこにも持っていきようの無い怖さ。

日常に潜む不確実で不安定な怖さ。
面白かった。
ERI
2008年05月04日 00:30
>ナカムラのおばちゃん
思い出してしまいますよね、あの怖さを。
理不尽、て遠くにあるものじゃなくて、今と背中合わせに転がってるもの・・。
それを、再認識しました。
2010年02月04日 23:37
ERIさん、こんばんは(^^)。
何気ないちょっとした『違い』が生む、別の世界。
美しいけれど、どこか悲しさを含んだ、そんな世界を堪能しました。
三崎さんの描く世界は、何かがズレていて不安定なんだけど、それがとても美しくて、切ない気持になります。
とても面白い短編集でした♪
ERI
2010年02月05日 01:03
>水無月・Rさん
こんばんは~♪いつもありがとうございます。
三崎さんの小説を読んでいると、とっても不思議な気持ちになりますね。
蜘蛛の巣のようにはりめぐらされた、「今」が、三崎さんの手で織り変えられることで、不思議な輝きを帯びます。水無月・Rさんの言葉に、もう一度この本を読みたくなりました。