北緯14度 絲山秋子 講談社

画像絲山さんがセネガルに2ヶ月滞在した、その記録です。
講談社は太っ腹です。「書き下ろしの紀行文のためにセネガルに二ヶ月も行く」という企画を、ポン、と許すあたり、「儲かってる?」と、ちょっと下種なことを考えてしまいますが(笑)また、なぜセネガルなのか、という絲山さんの動機もけっこう適当で、「9歳の時にみた、ドゥドゥ・ンジャエ・ローズのファンだ」という事以外には、さしたる理由もなかったらしい。もっとも、若い頃に留学経験もあり、フランス語がけっこうできるという事も、あったらしいですが。(アフリカは、植民地であった頃の名残から、フランス語が遣われていることが多いです)しかし、二ヶ月間という、中途半端な滞在であるにも関わらず、絲山さんは根を生やしてしまう。どうも、絲山さんはそういう人であるらしい。小説を書く人というのは、やはり人間が好きなんだと思うのだけれども、絲山さんのスタンスというのは、これまで読んだいろんな作家さんたちの滞在記より、より「根が生えた」感じです。

絲山さんは、「ぐんま」に根を生やして生きている。その根っこを、一旦プチプチと切って、今度はセネガルで「人」「土地」に対して、「根」を伸ばしていく。その過程が、とても人臭くて、構えなくて、いい。ありのまま。なすがまま(笑)異邦人として、「眺める」のではなく、懐に素で入っていくんですねえ・・。もっとも、それはアフリカのセネガルという場所であるという事がいろんな条件と絡んでくるんでしょうが・・。南米などでもそうかと思うけれど、政情的に、「一人でいること」が難しい地域なので、どうしても、運転手やボディガードなどと一緒に行動しないわけにいかないわけです。常に、現地の「人」と深く交流することになる。カッコよく、一人でいるわけにはいかないんですが、例えそうであっても、何年そこにいても、そこに入っていくことができない人は、たくさんいます。例えば、ここに出てくる、日本大使館の人たちのように。管理されたせまい場所から、絶対に出ていかない人。(これは、色々人に聞いた話では、世界中どこでも日本人社会ではそうらしい)絲山さんは、あっさりと、いろんな壁を越えていく。多分、あれですね、ぐんまにいても、アフリカにいても、他のどこにいても。絲山さんは、生きているスタンスが全然変わらないんでしょう。そのどこまでも自分で、反面、すぐに、その土地の物語に自分を溶け込ませてしまう適応過剰さに、作家としてフィクションに生きている絲山さんの秘密を、ちょっと見せてもらったような気がしました。もう帰国前には、日本という国が、絲山さんの中でリアリティをなくしてますから(笑)

憧れのドゥドゥ・ンジャエ・ローズに逢えたときの絲山さんが、少女のようで素敵です。やっぱりね、絲山さんは、セネガルに呼ばれたんでしょう。何かに、誰かに心惹かれるという事は、縁を結ぶことですから。この滞在がまた、絲山さんの中で、また物語として実を落とすことがあるのかもしれないですが、そんなこと、どっちでもいいかあ・・という大雑把な気分になれて、気持ちいい滞在記でした。

絲山さんは、いいな。しょうもないサイサイな(本文参照)冗談を言い合いたいですね、彼女と。そう思わせる魅力いっぱいの滞在記でした。

おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php

この記事へのコメント

Roko
2009年01月25日 00:40
ERIさん☆こんばんは
絲山さんにとっては、人間いたる所に青山ありなんでしょうね。
知らない町を歩いてみたい~♪ という気持ちになる本でした。
ERI
2009年01月28日 01:27
>Rokoさん
そうなんですよ~、この本読むと、知らない町に旅に出たくなりますよね。セネガルって、ご飯も美味しそうですよね。一気に親近感です。