フイッシュ L.S.マシューズ 三辺律子訳 鈴木出版

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「見えるところにいないと、元気かどうか、まだ生きているかどうか、
わからない?」ガイドはたずねた。
わたしはうなずいた。
「おかあさんはどうだ?もしそばにいなかったら、もう自分のことを
愛してないと思う?」
「ううん、もちろんそんなことない」
「その愛は、目に見えるか?」
「ううん、見えない」
「だが、間違いなく存在する。希望も同じだ」ガイドはやさしく言った。


なにやら不思議な味わいの物語です。
旅をする一家の物語です。おとうさんと、おかあさんと、子どものタイガー。
一家は、紛争の絶えない地域に住んで苦しい人たちを助ける仕事を
していたが、とうとう命が危ない状態になり、そこから脱出する旅に出る。
もはや、一滴の水も希望もないそこから、タイガーは、一匹の魚を泥の中から
救い出し、一緒に連れて歩く。彼らを安全な場所に連れていくための
ガイドと、ロバと一緒に、一家は苦難の旅に出る。
空腹を抱えて歩き、切り立った崖の道を歩き、兵士に追われ、
一歩間違えれば流されてしまう、川を歩いて越え・・。
これでもか、という苦しい旅の中で、その魚を、何度も失い、殺してしまいそうに
なりながら、タイガーも、両親も、なんとかしてその魚を運ぼうとする。
貴重な水のペットボトルを谷底に落としてしまい、人間が飲む水に事欠いても、
その魚を、何かの象徴でもあるように、抱きしめて守ろうとする・・・。
守られる魚は、その時々の皆の心を映すように、大きさや色を変えて
輝きます。この手で捕まえられない虹のように。

この物語の特徴は、タイガーという主人公の女の子以外、皆具体的な
名前を持たないことです。おとうさん、おかあさん。ガイド。ロバ。さかな。
ただ、それだけ。そして、この国がどこか、この一家が、どの国から
やってきたのかも、語られない。タイガーというこの子の名前も、
どうやら、この子がそう呼んでほしい、と言っているだけで、本当の名前でもない。
そして、訳の中では女の子として書かれていますが、原文では、タイガーが
男の子なのか、女の子なのかもわからないらしいです。
しかし、その固有名詞の曖昧さとは反対に、描かれるエピソードや
彼らの旅は、非常にリアルで緊迫感に満ちている。
それぞれの人物造形も、個性的で、確かな手触りに満ちています。
特に、この旅を先導していくガイドが、魅力的。
紛争で、家族を全て失った彼は、いつも冷静で、おだやかで、思慮深い。
いつも彼によりそう忍耐強くてユーモラスなロバと共に、この旅を
ささえる役割を果たし・・そして、その旅の終わりとともに、消えてしまう。
この、確かな手触りを残しながら、どこか現実から一歩はなれた旅を
象徴するような存在なんである・・。

細部まで、はっきりと覚えている鮮明な夢のように、幻のようで
ありながら、匂いや痛みまでくっきりと感じさせる、この旅。
読めば読むほど、人生のいろんな旅を思わせ、数多くの示唆と寓意に
満ちています。

この旅は、ほんとうにあったことなのか。
このキラキラした存在は、ほんとの魚なのか、どうか。
でも、そんな事をたずねるのは、野暮なのでしょう。
この魚は、人間が最後まで手放してはいけないもの。
それは、希望かもしれないし、愛かもしれないし、夢かもしれない。
泥の中で朽ち果てようとしたそれを、一人の少女の勇気と家族の愛情が
救い、最後まで守り通した。

・・・ここまで書いてふと、横を見たら、うちの猫が、私の顔をじっと
みつめていた。私のフイッシュは、猫の形をして、ここにいるのかもしれません。
今日も、この子と一緒に眠ろう。おやすみなさい。

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