天国旅行 三浦しをん 新潮社

画像ワールドカップ、日本は8強ならず。
しかし、ほんとに頑張りました。
PKなんて、時の運ですもん。
今回、まさか、ほんとに予選を勝ち抜くとは思っていなかったと
日本中の人が思っていた事を思えば、これはほんとに一発逆転くらいの
快挙です。今回のチームは下馬評が悪かった。
ほんと、マスコミには酷い言われようでした。
それが、まさに「掌を返す」とはこの事か、という持ち上げっぷり。
現金なもんですねえ。
ゴールポストを揺らすかどうか、それで天国と地獄が別れてしまう。
今回の予選だって、あのカメルーン戦の一発が無かったら、
全ては変わっていたことでしょう。
その紙一重の偶然に人間は支配されて生きているんだと、しみじみ
思ったことでした。もっとも、ゴールポストを揺らすのは実力がないと
ダメですが、サッカー、それもワールドカップというやつは、
実力だけでは勝てない「何か」があると思います。

この短編集も、まさに生と死の、ぎりぎりの所ばかりが描かれています。
人はだれでも、「死」というものと背中をぴったりくっつけて生きている。
その「死」に片手を突っ込んだ時の底知れぬ感触を描き出してあります。
私たちは、誰一人として「死」を知らない。だからこそ、覗きたい。
「死」の手に触ることの恐怖と恍惚。
これはもう、目に見えないものを描こうとする「文学」の永遠の課題で。
だからこそ難しいテーマだと思いますが、とてもいい短編ばかりで
一気読みしました。ボッスを想わせる表紙も、いいですね。

「森の奥」

自殺しようと思って樹海に入った中年の男が、死にきれないままに
若い男に助けられる。元自衛官らしいその男と樹海を彷徨ううちに、
助けるものと助けられるものの境界があいまいに滲んでいく。
自ら命を絶つ、というエネルギーを、死のうとする人はその場所から
貰おうとするんだろうか。
昔、一度だけ行ったことのある、富士の樹海の風景が浮かんできた。
何だか、ひや~~っとした場所だったなあという記憶があります。
あの空気の中を彷徨うなんて、私には出来そうもない。
もうちょっと簡単なやり方がいいなあ(そこかい!)

「遺言」

一生を共にした妻への、ラブレター。
「やっぱりあの時死んでおけばよかったんですよ」が口癖の老妻にあてた
なんとも熱い愛の文章なんですが、古風な明治風の文体で書かれて
いる事で、思わずくすりと笑ってしまうユーモアが生まれている。
長年連れ添って、もはや感動も擦り切れたかのように見える人生に
横たわる命の輝きが、ラスト1行に凝縮されています。
入れ歯とロマンチックが同居する味の在る短編で、性格がイタタの
私は、けっこうこういうの、好きです(笑)

「初盆の客」

祖母の初盆に、見知らぬ客がやってくる。
祖母のもとにやってきた幽霊の話をするその男も実は・・。
一族の歴史の中に、こういう逸話ってひとつくらい語り伝えられて
いるもんです。
「あの時ねえ、不思議な事があって・・」などという話を聴く時の
ドキドキ感ってないですよねえ。特に自分と血の繋がっている人の
話なら、なおさらドキドキ(笑)
兵隊にいった夫の夢を見ただけで、子どもが出来てしまう、という
在り得ないお話なんですが・・。
こんな風に「想い」が空間を超えて届くこと、あるんだろうと思ってしまう。
柳田国男の有名な「遠野物語」なんかには、こういう話がたくさん
ありますが、こういう事を「ある」と信じる社会の方が、生きやすいよなあと
しみじみ思う。ああ・・読みたくなっちゃったなあ。

「君は夜」

幼い頃から、夜と昼の二つの人生を生きてきた女。
夜になると、別の人生で男と暮らす夢を見る。
夢と現実・・遠く離れているはずなのに、その二つの人生が
段々重なってくる。
「前世」を匂わせているあたり、「夢十夜」の子どもをおぶって
歩く話を思い出させます。
「夢」というのがどこからやってくるのか、不思議じゃないですか。
自分が全く行ったことのない場所、逢ったことのない人が現れる。
私は夢の中でよく旅をしていますが、大概見知らぬ場所です。
それも、大概、ちょっと古い感じの場所が多い。
だから、この夢のぼんやりと輪郭が滲む感じ妙にリアル。
エロスというものが、「死」の領域にあるものだという事を感じさせる
生々しい短編になっています。

「炎」

高校の憧れの先輩が自殺する。その謎を、先輩の彼女と
追いかける展開になるんですが、最後のひねりが効いている
ミステリ仕立ての短編になっています。
自分の前からかき消すようにいなくなってしまう、その「不在」が
主人公の女の子の心に先輩という人がいた事を、くっきりと
焼き付ける。
若い頃、命が一番輝いているときって、かえって「死」の影が
濃いんですよね。光が当たると影も濃い。
そのへん、年を取るごとに、光がぼんやりするせいか、その
境目も曖昧になる気がする(笑)

「星くずドライブ」

不意の事故で死んでしまった彼女が、幽霊になったまま、
自分の部屋に帰ってくる。姿かたちは変わらぬまま、
ただ身体だけが冷たい。
日常の続きのような二人のやりとりが、余計に悲しい。
「好き」という気持ちは、死んでしまったらどこに行くのだろう。
死んでしまったら、大好きな人の傍に、ふわふわと漂って
いたいなどと、イタタな事を思ったりするけれど、
その姿が相手に見えてしまったら、気の毒だと、
この短編を読んで思ってしまった。

「SINK」

時々ニュースなどを見ていると、事故や心中などで、家族の中で
一人だけ生き残ってしまう・・という事が、ままある。
私は色々と考えてしまう性質なので、その一人生き残る、という
のがどんな気持ちがするものか、あれこれ考えてしまう。
この主人公も、一家心中の生き残り。
たった一人で大人になった後も、魂は死んだ家族と共に、
沈んだ水の中に在り続ける・・。
死んでしまった方が良かったのか、生きている方が良かったのか
それも判然としないまま、男は鉄で、形に残る美しいものを
作り続ける。


この短編集のテーマは「心中」だとか。
文楽の心中物の道行は、悲哀と、死の甘美なエロスに包まれている。
しかし、一緒に死ぬより、一緒に生きるほうが、よっぽど大変で難しいんだな、これが。
だからこそ、人は時々死のエロスに抱かれたくなるのかも・・。
曽根崎心中を、久々に見たいけど、玉男師匠はもういない。残念だなあ。


おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php

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