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zoom RSS ボグ・チャイルド シヴォーン・ダウト 千葉茂樹訳 ゴブリン書房

<<   作成日時 : 2011/02/26 23:45   >>

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画像日本でなら、政治に無関係にも生きられる。でも、そうはいかない国の方がおおい。今、激動の中にある中東や北アフリカの国々などは、まさにそう。エジプトやリビアのニュースを聴くたびに、そこで流された若者たちの血と母親たちの嘆きを、私はどうしても想像してしまう。この物語の中の若者たちも、政治と無関係ではいられない国に住んでいる。この物語の時代背景は1980年代なのですが、このタイミングで読んだせいか、「今」とリンクするようで余計に心に沁みた。

主人公のファーガスは、北アイルランドに住む18歳の高校生。北アイルランドは、政治的に複雑な地域。兄のジョーは、イギリスからの支配脱出を目指すIRAの過激派の一員で、現在は刑務所にいる。ファーガスは政治の問題から離れたいがために、イギリスの大学にいって医者になることを目指している。ある夏の日、泥炭を叔父と堀りにいった湿地で、一人の少女を発見する。それは、湿地の作用によって、生々しく保存された、鉄器時代の少女の遺体だった。大学進学のための勉強に励むファーガスだが、家族の中には重苦しい空気が漂っている。兄のジョーが、獄中でハンガーストライキを始めたのだ。「死」を迎えつつある兄を助けようと、ファーガスはランニングを装って国境を越え、いやいやながら「運び屋」の手伝いをする。どうやら中身は爆弾の原料らしい。しかし、爆弾テロで人が死んだ報道を聴き、ファーガスは罪悪感にさいなまれる・・・。

泥炭の中に埋もれていた少女には、刃物で刺された傷があった。そこから、物語は過去に生きた少女と、現在に生きるファーガスとの二重写しになる。様々な分析から、そのファーガスが発見し、「メル」と名付けた少女は、小人であることを理由に、何らかの理由で生贄にされたのではないかと推測される。誰かの髪を握りしめ、見事に細工された腕輪を身につけ、若くして死んでいった女性、メル。彼女が死ななければならなかった理由は、その時代の、その場所だけのものだったに違いない。そして、それはいつも私たち人間と共にある運命だ。ファーガスの兄のジョーも、IRAという組織の、ひいては北アイルランドという土地が抱える問題を一身に引き受けて死んでいこうとする。それを何とか止めたい母に対して、息子の信念に賛同する父親は、その行動を肯定する。ファーガスは揺れる。母と父の間で、信念を貫く兄と自分の生き方の間で。

そんなファーガスのひと夏を、作者は丁寧に綴っています。高校生としての、普通の楽しみ・・覚え始めた車の運転、調査にきた学者の娘との恋。彼女と交わすキスの甘さや、ドキドキする気持ち。進学のために母に「勉強しなさい」と言われるたびにうんざりしたり、友達と遊んだり、ごくごく素直な高校生としての日常が、ちゃんとある。アイルランドも日本もそこはほんとに変わらない。高校生としての、ファーガスのささやかな日常が生き生きと描かれていることで、ジョーに象徴される、政治や歴史が生む大きな圧力に対するどうしようもない気持ちが鮮やかに浮かび上がります。圧力、システム、組織、何と名づけていいのかわからないような、個人を飲みこんでいくもの。否応なく個人を巻き込んでいくもの。その圧力を押しとどめるのは、たった一つ、その個人の心に寄り添うことではないのかと、この物語が静かに語りかけてくるように思いました。国、思想信条、宗教など、長い時間をかけて強固になってしまった大きな枠組みを超えるのは、難しい。でも、人としてのささやかな喜びや悲しみなどの感情、「こころ」の動きに対する共感は、どんな壁も超えていくと思うんです。この物語の中で、ファーガスは国境を守る警備兵と仲良くなります。敵対関係にあるはずのその若い兵士は、故郷のことを語り、ファーガスにトロンボーンを聴かせてくれる。ああ、自分たちと何ら変わらないんだと、ファーガスは実感します。しかし、その兵士は爆弾で殺されてしまう。

タリー叔父さん、あんたやぼくとおなじように、オーウェンにも人生を楽しむ命があったんだよ。…暴力から生まれるのは、さらにたくさんの暴力なんだよ。


この、当たり前のような一行にたどりつくまでに、私たちはどれだけ歴史を繰り返していくんだろう。そんなことを思います。様々な葛藤や不条理にぶつかりながら、歩いていこうとするファーガスの姿こそが、私たちの希望なのだけれど。ファーガスは、この2011年には私と同年代になっているはず。彼はどんな人生を送っているのだろう。
この物語の時代、ジョン・レノンが暗殺された頃から20年以上が経っているのだけれど、彼が唄った『Imagine』の理想は、まだまだ遠い。というか、たどりつけることなど無いと想う私でもあるんですが、それでも、この壁を越えていく力は、たった一つの人の心に寄り添うことだけしか無いということは知っています。時代を作っていく若者たちの血が、これ以上流れないことを祈ります。ファーガスと同じ年頃の若い人たちに、是非読んでもらいたい物語です。
この本は、2009年のカーネギー賞を受賞しています。

2011年1月刊行
ゴブリン出版

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