羽州ものがたり 菅野雪虫 角川書店 銀のさじシリーズ

画像『天山の巫女ソニン』のシリーズのあと、初めて出た単行本ということで、とても楽しみでした。「元慶の乱」という、平安時代に起こった実話をもとにした歴史物語です。政(まつりごと)という、組織としての力が個人を巻き込んでいく中で、一人の人間がどう生きていくのか、という骨太なテーマに真っ向から取り組んだ、菅野さんならではの力ありる物語になっています。菅野さんの物語に出てくる少女は、みな地に足のついた賢さを持っていて、ひたむきな眼差しがいつも魅力的です。

主人公は、羽州(現在の東北地方・日本海側)の村に住むムメという娘。子だくさんの長女であるムメは、いつも家事と子守に追われているが、片目の鷹・アキを大切に育てている。たった一人で獣のように暮らしているカラスという少年も、ムメだけには心を開いている。ある日、二人は鉄砲水に流されかけた春名丸という少年を助ける。それが縁で、ムメとカラスは、春名丸の父親であり、知識人である小野春風に、教育を受けることになる。時が流れ、彼らが大人に脚を踏み入れたとき、羽州を大きな飢饉が襲う。それでも変わらぬ厳しい税の苦しさに、人々は反乱をおこし、彼らもそれに巻き込まれていく・・。

今回の震災もそうですが。私たちは、大きな自然の中に生きている。だから、その自然がもたらすものは、やはり受け入れて生きていくしかない。でも、災害のあと、それをどういう風に受け止めていくのか、というのは人間の問題です。地震、津波は人智を超えていることだけれども、原発におけるどうしようもない間抜けっぷりや、被災者の方々に対する、国の距離感・・言ってしまうと、他人事っぷりは、これはもう人災としか思えない。国という中央集権の真ん中にいる人たちと、地方に住む人間との温度差、というのは今も昔も変わらずあるのかもしれない、とこの物語を読みながら思ったことでした。そして、それがまさにその通りなら、何と人というものは進歩していないことか。
この物語の中でも、ムメたちを襲った飢饉の実情を、都の政治家たちは実際に知ろうとしない。そして、そのまま税金だけは取り立てようとするんです。その圧政に耐えかね、人々は反乱をおこす。それが『元慶の乱』と呼ばれるもので、この物語はその史実を踏まえています。ムメもカラスも、その乱の中で当事者としてそれぞれの役割を果たし、関わっていく。その中で争いというものの無情さや、争いが巻き起こす人の心のあれこれにぶちあたって様々なことを学んでいく過程が、菅野さんらしい実直さと丁寧さでじっくりと描かれていて、読み応えがありました。

その中でも印象的だったのは、ムメの、人の痛みへの眼差しです。ムメは元々聡明な少女なのですが、小野春風という教養人と出会い、読み書きを習い、この世界を見る新しい目を獲得します。そして、自分たちの住む場所をめぐる戦いの中で、勝者と敗者の立場というものが簡単に入れ替わってしまうものであること、自分たちが正義だと信じている戦いも、裏返せばお互いを傷つけるものでしかない、ということに気が付きます。

この冬は、たくさんの人が死んだんだ。あたしの親戚もね。
みんな、たくさんのものを無くして、もう何も失いたくないと、立ち上がった。だけど・・・・。
あの焼山で死んだ人たち。都や、陸奥かや武蔵から連れて来られた、あの人たちの家屋は、父さんや兄さんや子どもたちを亡くしたんだよね。あたしたちのせいで


皆で同じことを唱える時の気持ちの高揚や、声高に唱えられる正義は、人の痛みへの眼差しを曇らせます。そして、そのことが、また次の悲しみを生んでいくことが、多い。今、スーザン・ソンダクの『他者の苦痛へのまなざし』という本を読み始めているのですが、写真、というメディアで表現される痛みが、それを受け止める人たちにどのような影響を与えるか、というテーマには色々考えさせられるものがあります。写真、映像、というものは、そこに映っている苦しみ、痛みに対して、自分があくまでも傍観者にしか過ぎない、という無力感を伴います。今回の震災の映像、繰り返されるあの津波の映像に、どれだけの人がその無力感を感じたことか。そこには、見るものと見られるものの、圧倒的な距離が存在します。視覚というものの強さが、よりその距離感を大きくする。眼に見えるものに、心が付いていかない。そこを乗り越えるものは、何か。ソンダクの文章を読みながら、そこをいろいろ考えてみたいと想っているのですが、その点、文学というのはそういう距離感を持たない、人の心に寄り添う強さがあると思います。それは、文学というのが、必ず「たった一人」の心を綴ったものであるから。私たちは、そのたった一人の心に距離感なく寄り添い、同じ想いを体感することで、新しい眼を開いていくことが出来る。ソンダクは、写真というものが戦争を抑止することは無かった、とさっき読んだ部分で言っていたけれども、文学もやはりそうなんですよね、やっぱり。でも、常に「たった一人」の側に立ち、その心に共感する力を手に入れることは、とても大切なともしびを心に灯すことだと思います。このムメの気づきは、その原点だと思うし、だからこそ、たくさんの若い人たちに読んで欲しい。

菅野さんの描く若者たちの姿は、いつも私にはとても眩しくて、まっすぐ心に届くものがあります。これから、きっと素晴らしいYAの書き手になられるのでは。そう期待しています。菅野さんは、福島県の生まれだそうです。今回の震災にも、きっと大きな想いを抱いておられるのでは・・。そんなことも思いつつ読んだ一冊でした。

2011年1月発行
角川書店

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