おおきなかぶ、むずかしいアボガド 村上ラヂオ2 村上春樹 大橋歩画 マガジンハウス

画像プロだなあ。と、プロ中のプロを相手にヘンな感嘆の仕方をしてしまうけれど、それが素直な感想です。気軽に書いた文章ほど、自力の差が出るもんですが・・。軽いジョギングでも、毎日走り続けているランナーと、まだ靴にも慣れていないランナーでは、フォームにも、リズムにも、呼吸の仕方ひとつにも大きな差が出ます。その差は、誰が見てもわかる。春樹氏の文章は、やっぱり誰が読んでも明快で、的確で、彼が長年刻んできた、心地よいリズムに満ちている。彼の書く小説は、そのわかりやすい文章で、この世界で一番言葉になりにくいものを具現化しようとする営みなので、こっちもぴりぴりと頭を使います。ま、はっきり言ってわからへんことも多い(笑)個人的に突っ込みどころも満載なんですが、でも、こんな風なエッセイは、表も裏もなく、ただその文章を楽しく受け取ればいい。その、直截な楽しみがあります。ああ、そうやねえ、と想わせる引き出しをいっぱい持ってる。それが、小説での説得力にも繋がっていくんでしょうね。

例えば・・私よりも、けっこう年上なのに、いつまでも「僕」の似合う(・・というか、無理やり想わされてしまう)春樹氏。自分のことを、決しておじさん、とは言わない、人は自分のことをおじさんと言った時点で本当のおじさんになってしまう、という説に、ぎくり(笑)これは、メモメモして実行しよう。「おばさん」はこれから死語だ(笑)
そして、「僕らが二十歳だった頃にはきっと、・・・世の中は確実に良くなっていくと信じていた」という一節があって、これにも痛く共感です。私の二十歳は、彼よりも少々後ですが、それでもこんなに先の見えない世の中になっているとは想像もしなかった。自分にしたって、今のこのくらいの年齢になれば、もう少し迷いもない、確固たる信念を持っている大人になっているはずと想っていた。あにはからんや・・ほんとに、春樹氏のいう「ぱっとしない大人」になってしまったなあと思う。やれやれ。

ま、あとは、あざらしに無理やりくちづけされんのはやだねー、とか。スペインのサイン会で、綺麗な女の子たちにキスを求められた話は、こないだどっかのスピーチでもしてはったよねえ・・やっぱり、男ってねえ。おバカさんだよね。とか思って読んでたんですが。終わり近くの「男性作家と女性作家」の項で、書店なんかで、男性作家と女性作家を分けるのは日本だけ、という指摘にはドキリとしました。そのことに気付かなかった。違和感を感じることが出来なかった。自分の盲点を突かれた感じ。そうやんなあ。盲点を突かれると、人間気弱になります。そうやって、ふにゃんとさせといて、またラストの「ベネチアの小泉今日子」で、ええことを言われて、きゅんとなってしまいました。音楽の力を語ったあとの、この言葉。

「小説にもまた同じような機能がそなわっている。心の痛みや悲しみは個人的な、孤立したものではあるけれども、同時にまたもっと深いところで誰かと担いあえるものであり、共通の広い風景の中にそっと組み込んでいけるものなのだ」

きっと、震災の後で書かれただろうこの文章には、自分の仕事に対する深い決意が感じられます。さっき、以前録画していた日曜美術館の「記憶に辿りつく絵画」という回を見ていました。3年前に急死した娘の姿を、甦らせて欲しい、と熱望する両親の願いを、諏訪敦さんという画家が叶える・・というドキュメントです。諏訪さんは肖像画を描きます。でも、それは単に娘さんにそっくりな顔を描く、というのではなくて、写実、という画法をとことん極めた、全く新しい驚きを与える絵画なんですね。「恵理子」という一人の女性をとことん描くことによって現れる普遍・・何か永遠なるもの、春樹氏の言葉を借りるなら、魂の奥深くで、誰かと担いあえるものがある。その輝きが、御両親を照らして、時間が止まったままの哀しみを新しい地平に連れていく瞬間を見せて貰いました。芸術の力というのは、こういうことなんだと。春樹氏の言葉と重ね合わせて想ったことでした。

という、固い話をするのは、ほんとはこの本には相応しくないんでしょう。タイトルになってる「おおきなかぶ」の話に出てくる「今昔物語」の話は、ほんとテキトーというか、いかにも日本的な「ま、いっか」という話なんで(笑)これをタイトルにしてあるということは、前篇「ま、いっか」と読むのが正しいと想われます。大橋歩さんの銅版画がぴりっとスパイスが効いて素敵です。これを見るだけでも楽しい一冊でした。

2011年7月
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