パンプキン!模擬原爆の夏 令丈ヒロ子 講談社

画像とろとろと書いているうちに過ぎ去ってしまったが。9月11日は、アメリカの同時多発テロがあった日であり、あの3月11日の震災から、半年という日でもあった。10年前のあの日も、半年前のあの日も、呆然としてテレビの前で座り込み、延々と繰り返される映像を見ていた。生きている間に、こんな恐ろしい光景を見ることになると、想像したこともなかった。しかも、リアルタイムでその光景を、メディアが伝える映像で繰り返し見る、ということを体験し、私は「見る」ということについて、いろいろと考えたり、本を読んだりしてずっと考えている。何度も何度もその悲惨さを映像で追体験することの、辛さと喪失感。また、「見る」ということが、かえって非現実のような感覚を呼び覚ましてしまうということについて。しかし。見ることと、それを理解すること、いや、理解しようと努めることは、全く違う営みなのだ。そのことを、私はこの作品を読んで、とても痛切に感じてしまった。そして、何より、私もこのパンプキン爆弾について、全く知らなかった・・。「知らなかった」という驚きからはじまり、主人公の寛果とともに、いろんなことを勉強させてもらった・・・問題点が明快に、非常にわかりやすく提示され、しかもあれこれと深く考えさせられてしまう、という、令丈さんの語り口が冴える一冊だった。

主人公の寛果は、とっても元気で食べることが大好きな大阪に住む小学校5年生。夏休みを利用して、東京から、いとこのたくみがやってくる。彼は、おじいちゃんの所に滞在して、大阪で調べ物をするという。そのテーマは、パンプキン爆弾という、原爆投下に先だって行われた、いわば原爆の練習のために落とされた爆弾についてらしい。彼に教えられて初めて、自分の家の近所に、その碑が建っているのを知った寛果は、たくみに教えられて、自分でもそのことを調べ始める・・。

たくみがやってきくるまで、寛果は自分の家の近くに建っている、碑を見たことはあっても、それが何か意識したことがなかった。でも、たくみに教えられたことがきっかけで、戦争、原爆、という大きなテーマに入り込んでいく。このあたりの導入から、読者を物語に引きずり込んでいく展開は、ほんとに自然で読者を思わず引きずり込みます。大阪弁のテンポに乗ってぐいぐいくる感じ。そこから、初めて自分が踏み込んでいったことによって開かれる、戦争というもへの寛果の視線が、とても鮮やかに描かれます。原爆のこと。戦争のこと。知れば知るほど、複雑に絡んだ歴史の糸に呆然としてしまう寛果。そして、その糸は、ずっと「今」に繋がっている。この私たちの「今」に繋がっている、ということを、寛果は見つめることになります。

ほんまにね。知れば知るほど、この世界は混沌として、動かし難い。複雑な利権や思惑や、お金や感情や思想や宗教や・・・様々な糸で、がんじがらめになっているような硬直した大人の世界。

「あのな・・・・・・。いろんなことを知っていくと、結局だれが悪いのんかも、わからへんようになるな」

と、寛果は嘆きます。でも、知らなければ、その「だれが悪いのんかも、わからへんようになる」ということだって、わからなくなる。たくみの言うように、「だれかの言っていることが事実とちがっていても、そうかなあって信じてしまう」ことになってしまう。自分の心の声を、しっかり聞くために。この営みは、とても大切なこと・・。
これは先日読んだ梨木さんの『僕は、そして僕たちはどう生きるか』にもあった、

「群れが大きく激しく動く
その一瞬前にも
自分を保っているために」

という問いかけにも通じることだと思います。答えはなくとも・・自分の頭で考えること。大切なことほど、簡単には答えは出てこない。でも、だからこそ、私たちは問いかけ続けなければならないんですね。令丈さんは、この本を、こういう事実があったことを伝えたいという強い想いで書かれたらしいです。この難しいテーマを、こんな風にわかりやすく、かつ深い問いかけと共に書いて、面白く読ませるために、どれだけ心血を注がれたかと思うと、本当に頭が下がる想いです。
「あきらめたらあかん」。寛果が作ったこのテーマの自由研究の壁紙に書かれたひとことです。「あきらめたらあかん」・・・この一言は、私たち大人がまず背負うべき決意なんですよね、ほんとは。令丈さんの筆にも、この想いがこもった気迫を感じました。子どもたちが、この世界をあきらめなくて済むように。何とかしていかなければいけない。少しでも・・少しずつでも。その営みの尊さも、また感じる本でした。

この本を、たくさんの子どもだちに読んで欲しい。そう思います。

2011年7月刊行
講談社

この記事へのコメント

ぱせり
2011年10月11日 10:38
ERIさんの一言一言に、とても共感します。
わたしもパンプキン爆弾、知りませんでした。それどころか、広島・長崎に落とされた原爆がこんな形をしていた、ということも初めて知ったことでした。
ひとつずつ知っていくヒロカのあとをついていくような気持ちで読みました。

>「あきらめたらあかん」・・・この一言は、私たち大人がまず背負うべき決意なんですよね、ほんとは。

大阪の言葉は力強いですね。
「あきらめちゃだめだ」よりも「あきらめるな」よりも、強くてしなやかで、元気で明るい「あきらめちゃあかん」
すごく勇気がわいてくる気がします。
ERI
2011年10月12日 20:47
>ぱせりさん
コメントありがとうございます。私も、ほんとにこのパンプキン爆弾のことを何にも知らなくて。ヒロカの驚きは、そのまんま私の驚きでもありました。まるで迷路のような国と国とのしがらみに足を踏み入れてしまったヒロカの戸惑いも…。先日知り合いの元国連職員の方が、「国連」という組織をもってしても、あまりにどうしようもないことが多すぎることに、非常に疲れてしまった、というお話をされていました。その気持ちも、ほんとによくわかります。でも、やっぱり・・このヒロカの「あきらめたらあかん」という気持ちは絶対に捨ててはいけないとも思います。
大阪の言葉は強いですよね(笑)私もけっこうコテコテらしいんですが(自分では自覚なし・爆)令丈さんも、まことに見事にコテコテでらっしゃって、大阪ものとしては嬉しい限りです。「あかん」という言葉のニュアンスは、ヒロカのまっすぐな気持ちに相応しいな、とぱせりさんの言葉で気付かせてもらいました。ありがとうございました♪