ダーウィンと出会った夏 ジャクリーン・ケリー 斎藤倫子訳 ほるぷ出版

画像仕事柄、物語の中に図書館が出てくると妙に気になります。場所や配架の様子もですが、図書館員の対応の仕方や態度、言葉づかいに、ヘンに神経質になってしまったり(笑)物語の中であっても、がっかりな対応などを読んでしまうと、腹立たしく悔しい気持になったりします。この物語の中に出てくる図書館はまさに最低で、そこを読んだ途端、私も主人公のキャルパーニア同様、首筋に蕁麻疹が出そうになりました。12歳の女の子が勇気を出して本を借りにきたのに、けんもほろろに追い返すなんて言語道断です。確かに、今のような公共図書館の在り方が成立するのはびっくりするほど最近の話で、女性だったり子どもだったりするだけで、自由に本が借りられなかったりした時代もあるんですけどね。「図書館戦争」ではないですが、今の私たちが手にしている図書館の自由は、当たり前にあったものではなくて、長い長い闘いの果てに手にした自由なのだということを、どれだけの人が知っているのかなと思ったりします・・・おっと、話がそれました。この物語の主人公である12歳の女の子が借りたかったのは、ダーウィンの『種の起源』です。確かに、今でも12歳の女の子が読むのは珍しい本。でも、今ならそれは個性と人に褒められますが、100年以上前のアメリカ南部、まだ奴隷制度が残っている時代なら、そうはいかない。この物語は、12歳の夏に少女が自分と出会う物語です。

キャルパーニアは、理科系少女です。バッタの種類、犬の上あご、アリの行進・・・周りの誰も気にしないことが、とにかく気になって不思議で仕方がない。でも、キャルパーニアが通う学校では、女の子は理科など勉強しないのです。そこで彼女は、物知りの祖父が話していたダーウィンの『種の起源』を読みたいと思いますが、郡の図書館にいってもけんもほろろに追い返されます。その話を、キャルパーニアは日頃話したこともなかった祖父に打ち明けます。すると、祖父は、彼女を自分の書斎に連れていって、恭しく『種の起源』を貸してくれたのでした。そこから、彼女と祖父の新しい生活、観察と実験のひと夏が始まります。

キャルパーニアの祖父は綿花の栽培で財をなした人ですが、今ではすっかりその仕事を息子に譲り、残りの人生を科学と生きている博物学者です。古めかしい服を着て自分の実験室にこもり、家族には変人だと思われていますが、その実素晴らしい教養と博識も持ち主なのです。しかし、その気質を受け継いだのは、女の子のキャルパーニアだけ。祖父は彼女に、様々なことを教え、実践させます。観察すること、仮説を立てて検証すること、様々な科学者たちの話や、書斎に溢れている標本たちの逸話・・それまで全く知らなかった世界の驚きに触れたキャルパーニアは、生まれて初めて自分の魂が欲する場所がなんであるかを知り、夢中になります。この物語に溢れている、「知る」喜びに震える夏の色鮮やかなこと。南部の森に住む鹿の親子に逢うシーンなどは、忘れ難い美しさです。

しかし、自分を知る夏は、生きる困難に出会う夏でもあります。7人兄弟の中の、たった一人の女の子であるキャルパーニアは、「女の子」として、母の大きな期待を背負っています。何しろ、まだ女性たちが重いペチコートを付けていた時代。彼女は好きでもないピアノの練習を延々とさせられ、髪を切ることも許されず、料理や裁縫や編み物を覚えねばならず・・しかも、怖ろしいことに、母は彼女を社交界デビューさせることを夢見ています。彼女は、ことごとく祖父の書斎から引き離される運命にあります。彼女は、自分の欲する生き方と、自分に求められているものの落差に暗然とし、苦しみます。

「一生のあいだに見たりやったりしたいと思うことが山ほどある。だけど、そのうちにいくつが手の届くところにあるのかしら?」

そして、家族の中でも、ささやかながら起こる兄弟たちの恋愛事件などが勃発し、彼女が子どもでいられる時間がそんなに残されていないことが、うっすらと、でも重みを増して自覚される。人生のベル・エポックの時間に流れている様々が、この一冊に見事に切り取られていて見事です。物語は、夏に始まり、1900年の新年の日、新世紀の幕開けに終わります。これから、彼女がどんな生き方を選ぶのか。いや、選べるのか。大学に行きたいと願うキャルパーニアの願いは、どうなるのか。そのことは、何も語られない。物語のラストは、新世紀の幕開けの、珍しく雪の積もった神秘的な光景で終わります。そこに、キャルパーニアは誰よりも先に足跡を付けます。彼女に待っている、自分らしく生きる闘いの孤独と、彼女なりの足跡を思い描いて、この物語を読み終えました。

100年以上経ってもねえ・・私の日々も、家事と雑用に追われ続けています。なーんにも変わらない。読みたい本を何千冊も読み残したままで、私はこの生を終わってしまうでしょうねえ。祖父が言うように、まことに人生は短い。キャルパーニアと一緒に、私もしみじみ思います。もう一度、このセリフ。

「一生のあいだに見たりやったりしたいと思うことが山ほどある。だけど、そのうちにいくつが手の届くところにあるのかしら?」

果てしない女の実感です。100年経っても変わらないって、どうよ!と思いますね、心から・・。それだけに、彼女が出会う色鮮やかな「知る喜び」がいちいち心に沁みる物語でした。また、訳されている斎藤倫子さんがあとがきでおっしゃっていましたが、人と異なる生き方をしようと思うとき、ぶつかる壁はいつの時代にも変わらないものがあります。若い時ほど、自分らしく生きるのは難しいものかもしれないとも思います。そこを跳ね返すパワーは、この物語でキャルパーニアが感じているような喜びを感じる力なのかもしれません。斎藤さんの文章が、この理知的な少女の心の慄きやつぶやきを、そこはかとないユーモアで包んでさらりと訳されていて、素敵でした。センスのいい装丁もよくて、なかなか得難い一冊になっていると思います。

2011年7月刊行
ほるぷ出版

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

この記事へのコメント