天山の巫女ソニン 巨山外伝 予言の娘 菅野雪虫

画像巨山国のイェラ王女を主人公とした外伝です。彼女は、個性の強いこの物語の登場人物の中でも、際立って魅力的な人。このサイドストーリーを読んで、ますます彼女のことが気になる存在になってしまいました。

強大な権力を持ち、人の心を想いのままに操る父王。その王の求める跡継ぎの男子を産めないことで、段々常軌を逸していく母。その二人に顧みられることなく育ったイェラは、王宮の中で、見捨てられたように育つ。しかし、聡明な彼女は、たった一人でいることで、自分を、自分の国を、客観的に見る目を獲得していく。孤独が、彼女に「考えること」を強いたのだ。愛するものを、権力や権力におもねろうとする欲望に無残に奪われてしまった経験も、彼女を大人にする。複雑怪奇な欲の交差するただなかで育ったイェラは、ある意味、ソニンと対になるような存在なのだと思う。

ソニンは、天山の巫女として、欲望や負の感情や、貧富や身分の上下などという価値観と全く無縁に育つ。ソニンは、その無垢さゆえに、何もかもを新しい目でみつめて確かめようとする。一方イェラは、奔放で傲岸な父王が巻き起こす欲望のあれこれのを、少し離れた場所からつぶさに見て育った。立場が違えば正負も簡単にひっくりかえる。真実だと伝えられていることが、実は都合の悪いことを隠したねつ造だったりする。天文台の科学者で、イェラに一人の人間として教えてくれたフェソンは、「天の現象を政(まつりごと)のために歪曲するな」と申したてたことから、無残に殺されてしまうのだ。血のつながった異母兄たちに、王位相続をめぐって殺されそうになるし、たった一人心の通じた弟は、やはり彼女から奪われてしまう・・。そのただなかにあって、イェラは、何事も自分の目で確かめ、考えていくことを学んでいく。

「わたしが教えられた中で一番大切なことは、夢見であれ現実であれ、
自分の目でしっかり観察すること。自分で考えることです。
それはどこの国であろうと、いかなる世界であろうと変わりません」

これは、このシリーズの最終巻でソニンが述べた決意だけれど、これは、そのままイェラの生き方だろうとも思う。

この世界は、ありとあらゆる価値観に満ちている。それぞれの立場があり、生き方があり、欲望があり。ため息の出るようなことばかりがネットにも満ち溢れている。どないしたらええねん、とため息だけではなく憤りにかられることもあれば、非常に空しい気持になることも多々ある。でも、一番恐いのは、そんな空しさゆえに、自分の思考を手放してしまうことなのだろうと想う。その結果が、怖ろしいことに繋がっていくことを、私たちは歴史から学んできたはずだけれど、なぜか私たちは同じことを繰り返す。いつも目を凝らして見つめていないと。いとも簡単に私たちは残酷な方へと転がって行く気がする。菅野さんは、政治、というこの世で一番人間臭くてややこしいものと個人との関わりを、ソニンやイェラの目を通して描こうとすることで、その思考放棄に警告を鳴らしてらっしゃるのかもしれないと思う。

目の前で誰かが殺されようとした時、イェラは、自ら行動を起こした。氷のような鋭い眼差しの中に、そんな熱い血を持つ彼女は、ソニンや他の国の王子たちに出逢って、また変わっていく。この外伝を読んで、またソニンやイェラや、イゥオルのその後を知りたくなってしまった。そして、いつも傍にいるムサとイェラが心通わせるシーンも、もっと読みたいと想ってしまう。物言わず、決して嘘をつかない大きな犬は、いろんな意味でイェラの守り神であり、心の支えなのだろうと思う。

このシリーズ、ノベルスの形で再刊してますね。また、一から読みたくなってきたなあ。でも、GW仕事ばっかりで、全然本が読めないという悲しい状況です。お休み欲しい・・。

講談社
2012年3月刊行

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