シーグと拳銃と黄金の謎 マーカス・セジウィック 小田原智美訳 作品社

画像梅雨に入り、やたらに暑い職場にぐったりの日々。猫も暑いのか、最近、くうちゃんが、洗面所で水遊びをするのに夢中で、どこにいても水音がするとダッシュしてきます。猫も暑いと水浴びしたくなるのかも(笑)猫のように涼を求めて・・というわけではないのですが、この『シーグと拳銃と黄金の謎』は、もわっとした日本の夏とは正反対の、極寒の地で繰り広げられる緊迫の一日を描いた物語です。


スウェーデン北部、零下20度という厳しい寒さの中で、主人公のシーグは父の遺体と過ごしている。湖の上で、凍死しているのを、彼自身が発見したのだ。姉と年若い義母が町に助けを呼びに行く間、混乱しながら父の遺体と留守番をするシーグに、また新たな困難がふりかかる。ウルフという乱暴な大男が訪ねてきて、昔父が盗んだ金を返せというのだ・・。

一家の中心であった父が、いきなり死んでしまう。しかも、事故死です。零下何十度という中では、一瞬の油断が死を招きます。ジャック・ロンドンの『火を熾す』も、そんな短編でしたが、シーグの父も凍った湖の上で火を熾せなかったことが原因で命を落としたらしい。寒い土地を転々として暮らしてきた父が、なぜそんな不手際をしてしまったのか。それが、ウルフという突然目の前に現れた男と深く関わっていることが、段々にわかってくる・・・という展開です。父を亡くした混乱―そう、突然にやってくる肉親との別れは、悲しみよりもまず混乱を引き起こします―の中で、自分たちの暮らしの中に潜んでいた秘密を知ることになるシーグ。学校に行くでもなく、働くでもなく、何かを待っているように過ごしていた14歳の少年に、いきなり訪れる試練は、なかなか苛酷です。その苛酷な中で、シーグはもう一つぎりぎりの決断を迫られることになります。それが、銃です。父が残したリボルバーが、家に1丁あるのです。自分と姉の身を守るために、その銃を使うのか否か。「今」に過去をうまくはさみながら、張りつめていく空気感が、クライマックスに向けて膨れ上がっていくのが、読みどころです。早くに亡くなってしまった信仰心の篤い母は、銃をとことん嫌っていた。でも、父は銃を「この世で一番美しいもの」だといい、シーグにその使い方を教えた。どちらが正しいのか?大切な人を守らねばならない状況の中なら、銃を使うのは許されるのか・・・それが、この物語のテーマです。銃は、日本の生活の中にはないけれど、この問いかけは、普遍的で、なおかつ、とてもタイムリーなものだと思います。

この物語を読みながら、考えていたのは、原発の運転再開のこと。原発が大きすぎる危険をはらむことを知りながら、私たちはまた、そこに頼ろうとしている。原発反対か、推進か。綺麗ごとでは、現実は守れないというけれど、その現実の何を守るのかは、議論されているのだろうか。生きていくのは綺麗ごとではない。シーグの父は、寒さと貧しさに打ちのめされた経験から、人に言えないような秘密に手を出した。しかし、それも守りたい家族がいたからだったが、今度は巡り巡ってその秘密が息子と娘を危機に陥れる。私たちが本当に守りたいものは何なのだろう。そこをよくよく考えていかないと、後々、また手ひどいしっぺ返しをくらうんじゃないかしら。そう思えて仕方ないのだけれど・・・。


人生にはいつだって第三の選択肢があるのね。ふたつの選択肢のどちらもえらべないという状況におちいったとしても、いつでも三つ目の道があるんだわ。わたしたちはただそれをさがしさえすればいいのね。



シーグはこの危機を、第三の選択肢で切り抜けます。母親の説いた人としての道と、父親の教えてくれた現実の知識の両方を活かすやり方で。物語のラストで、多分ベトナム戦争からの帰還兵に、年老いたシーグがこの話をするシーンがある。アメリカは、まだ銃を捨てることが出来ない。そして、私たちも原発を捨てきることが出来ない。現実を生きる人たちのそれぞれの立場があり、利害関係があり、事情があるのは、誰でもわかる。しかし、いざ、予想外のことが起こった時(これは、もう、起こるということを私たちは知っている)には、どんな事情をもなぎ倒す不毛な結果が待っている・・・そのことだけは、変わらぬ真実だ。その真実に対する議論は尽くされてはいないと、政府側の発表を見て思う。なし崩しにだけはしないで欲しい。心からそう思います。

2012年2月刊行
作品社

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント