ロブロィエクの娘 マウゴジャタ・ムシェロヴィチ 田村和子訳 未知谷

画像初読みの人なんですが、何だかずっと前から読んでいるかのような、共振を感じてしまう作品でした。骨太の構成の中に、瑞々しいバラの花のような感受性が花開いていて、その鮮やかさにハッとします。人生という困難な航海を真正面から見据えようとする勇気。暖かな眼差しとユーモア。あちこちに散りばめられたひねりの効いた議論やアイロニーを読んでいると、国や時代を超えて話の通じる友人に出逢えたような喜びを感じるのです。

舞台は1996年のポーランド西部の都市。路面電車から、金髪のお下げの女の子が降りてくる。こめかみには、個性を主張する小さなもう一つのお下げ。この登場から、16歳の、美少女でもなんでもないベラという女の子の中に、瑞々しい命が漲っていることが感じられます。彼女がたどり着いたのは、ありとあらゆるバラの咲き乱れる大きな屋敷・・・の庭にある、掘っ立て小屋。生来の人の良さから事業に失敗した父親と、ここに移り住んできたのです。屋敷には、俗物っぽいマイシャフク夫婦と、フランケンというあだ名の息子が住んでいて、美しく手入れされたバラは、いかつい容貌をした、その息子が世話しているものだということを知ります。

1996年当時、ポーランドは社会主義体制から資本主義へと変わってまだ日にちも浅く、混乱の中にあります。フランケンの両親のように成功して大金を手にするものもあれば、ベラの父親のロブロィエクのように、職を失ってしまう人が大量にあふれた時代。価値観が変わり、多分・・どんどんお金というものが世間を支配していくなかで、何を大切にして生きていくのかを改めて考えなければいけなくなる。そんな先の見えない時代の中で、人と人が通わせ合う、目に見えないものの大切さが、この物語の中で、優しく息づいています。ベラとフランケンという若い二人を軸に、青春時代を過ごした町に久々に帰ってきたロブロィエク、その友人たち、様々な世代の心の動きを描きあげる筆力に感動しました。フランケンが、その容貌と感情的な行為の影に、繊細な感受性と美に対する憧れを強く抱くロマンチストであること。その彼の心に、少しずつ寄り添いながら咲いていくベラの愛情。そのどれもが、愛しく思えるのです。

ポーランドという国の文学を私はほとんど読んだことがなかったのです。これは、やっぱり言語の壁が一番大きいのだと思うのですが・・。英語と違って、ポーランド語を勉強する人は圧倒的に少ないでしょうし、また文学作品を訳するというのは、語学だけではない難しさがあります。でも、私のように何でも物語から入る人間には、こんなふうに違う国の文学を読むことで、はっと新しい目が開かれるのです。この物語に流れる精神性の高さ、登場人物たちの交わす議論や会話から溢れる教養や、思考をめぐらすことに習熟している気配。人柄の暖かさ。自分が知っているポーランドという国の、複雑で他国に翻弄されてきた歴史を思うにつけ、この精神性の高さやユーモアやアイロニーの在り方に、また色んな意味で納得なのですが、それもこの物語が教えてくれたこと。この物語は長く愛されているシリーズの中の一冊で、作者であるマウゴジャタ・ムシェロヴィチは国民的な作家さんだそうだということなんですが、こんな素敵な作品を愛している人たちがたくさんいるというだけで、私のポーランド観は変わりました。これもまた、物語の一つの力ですよね。11冊のシリーズのうち、これまで5冊が訳されているらしい。これはぜひ読まねば。訳は『ブリギータの猫』を訳してらっしゃる田村和子さん。美しい日本語に訳された言葉が胸を打ちます。

この物語の舞台が、1996年。あれから、圧倒的なグローバル化が世界中を駆け巡っています。2012年の今、この物語の彼らはどうしているかしら。そこが読みたいなあ・・・。

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この記事へのコメント

ぱせり
2012年08月12日 08:11
ERIさんのおかげでこの本を読めました。ありがとうございました。
(いつも、こんな本が出てたんだ、とメモをして帰っています^^)


国や時代を超えて話の通じる友人に出逢えたような喜び。
先の見えない時代の中で、人と人が通わせ合う、目に見えないものの大切さ。
精神性の高さやユーモアやアイロニーの在り方。

ERIさんのレビュー、共感、共感、共感、でした。
どれも、そうそう、と思いながら、言葉にできずにいました。
2012年の今! ああ、ほんとに!会ってみたいですね。覗いてみたい!

ゆっくりと時間をかけて、次のムシェロヴィチさんの本を待ちたいです。
ERI
2012年08月12日 21:28
>ぱせりさん
私も、ぱせりさんのところにお邪魔しては、本のタイトルをメモメモしています(*^-^*)
私も、一冊一冊、ゆっくり時間をかけて、この方の作品を読んでいきたいと思います。いつか、「今」の彼らに逢える日までに、いっぱい彼らと話をしておきたいと思います。