ロージーとムサ ミヒャエル・デコック作 ユーディット・バニステンダー絵 朝日学生新聞社

画像残暑が厳しいままの9月突入ですが、せめて気分だけでも季節先取りで(笑)歩き出そうと扉を開けたとたん、冷たい風が吹き付けて立ちすくんでしまった時に、心をあっためてくれる一杯のあったかいお茶。そんな本です。

離婚して家を出たママと一緒に、街の反対側に越してきたロージー。見知らぬそこは、なんだかさびしくて、パパと過ごした夏の日が、はるかはるか遠く感じる場所。大切にしてきたものを失ったときに感じる距離感というのは、物理的な物差しでは測れないものです。例えば、たくさんの人の中で、自分だけが場違いな存在だと思ってしまうとき。深い悲しみや苦しみに囚われてしまったとき。自分と、自分を取り巻く世界の間に、シャッターが下りてしまうような気持ちになります。ロージーも、傷心のママと二人、冷え切ったカプセルに入ってしまったような気分なのです。

でも、そんなとき、ロージーは一人の男の子ムサと、ビルの屋上に閉め出されてしまうというはめに陥ってしまいます。寒い屋上に取り残されてしまう、なんて最悪なシチュエーション!でも、ロージーはひとりじゃなかった。ムサが一緒にいて、二人で暖めあったり、励まし合ったり、解決方法を考えたりしてくれた。そして、傍にいる男の子も、自分と同じように、自分ではどうにもならない孤独感を抱えていることを知るのです。そして、二人で放ったSOSは、優しい手に拾われます。寒い場所から解放されて御馳走された一杯のココアの温もりは、ロージーと「他」を繋ぐ、大切な役割を果たします。ロージーは、孤独だと思っていたところで、友達と、安心して話の出来る大人がいる場所を見つけることが出来たのです。

「助けて」と声をあげたときに、ささやかでもいいから差し伸べる手があるか、ないか。それだけで、多分私たちは、外れそうになる心のたがを、くっつけることが出来る。でも、その手を押しつけがましくもなく、絶妙なタイミングで差し伸べるのは、なかなか難しいことです。この本には、その難しいタイミングの一瞬が、うまく捉えられているように思います。現実の世界の中で、こんなふうに手を差し伸べてもらえたら・・・もしくは、差し伸べてあげられたらどんなにいいかと思いますが、これが、けっこう難しい。難しいということを痛感することが多いだけに、この物語のさり気なさが胸に沁みます。繊細な文章と、センスの良い挿絵の溶けあい方が、そのさり気なさを生みだしているのだと思います。表紙も素敵。こっちを見つめるムサが、屋上の危ないところで下を見つめるロージーの手をしっかり握り、「大丈夫」とアイコンタクトを送ってきます。佇まいに惹かれる、そんな本はいいですねえ。


2012年7月刊行
朝日学生新聞社

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