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zoom RSS ミスター・ヴァーティゴ ポール・オースター 柴田元幸訳 新潮社

<<   作成日時 : 2006/05/19 23:15   >>

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画像この本が初めて出たとき、「オースター初のファンタジー」
という惹句を見たような気がするんですが・・。
確かに「空を飛ぶ」というところは、ファンタジーかもしれない。
でも、それもこの物語の中ではそれはファンタジーじゃないような
気がします。ウォルトは、飛ぶべくして、飛んだ。
そして、落ちるべくして、落ちた・・・。
このウォルトの人生は、その繰り返し。
「酒場横丁育ちの、脳味噌が膿でできた薄汚い小僧」だったウォルトの、
数奇な人生の物語。それは、常に人と出会うことから始まる。再読なんですが、
読み始めたらやっぱりとまらなかった。スラングたっぷりの会話のテンポ、
このウォルトのたどった道のりにすっかり同化して、「胡蝶の夢」のように
一生を経験したような気持ちになります。


9歳のウォルトは、父も母もいない。都会の片隅で、ゴミあさりをしながら
生きていた彼は、突然現れた男に、拾われる。
彼は、「空を飛べるようにしてやる」と言い、ウォルトを自分の農場に連れて
いくのだ。そこには黒人で頭のいい、おちびのイソップ、たくましいインディアンの
女、マザー・スーがいた。都会の片隅で偏見と暮らしていたウォルトは、彼らが
いやで仕方がない。何度も逃げ出そうとしては失敗するが、逃げ損ねて高熱
を出したあたりから、この生活になじむようになる。ウォルトを連れ帰った師匠は
そこから彼に恐ろしい苦難を与える。小指の先を切り落としたりする恐ろしい修行。
しかし、その中でウォルトは師匠への忍従と、イソップやマザー・スーとの愛情を
育んでいく。そしてとうとう飛べるようになった矢先、そのイソップとマザー・スー
はKKKの恐ろしい魔の手にかかって命を落とす。悲嘆にくれる師匠を励まして
念願の修行を始める二人・・。そこから、ウォルトの浮き沈みの激しい人生が
始まった・・・。


ドラマが、もうこれでもか、というほどぶち込んであります。
まず、ウォルトが飛べるようになるくだり。
肉体的訓練をつんで飛ぶのではなくて、苦痛に耐えることで
精神的な「無」の状態になった時にとべる、というのがオースター
らしい。なんというか、自由に飛び回る、というのではなくて、
自分の中のなにかを捨ててしまうことで、その分自分が軽くなる、という
感じ。自分が時々みる「飛ぶ夢」の感覚がこれに近い。
せっかく飛ぶんだから、羽でもはやしてガンガン鳥のように飛べたら
いいのに、絶対そうじゃない。無理矢理?!地上15センチくらいのところを
あやうく立っていたり、「飛ぶ」というより「浮遊する」という感じ。
だから、このウォルトの飛び方が妙に感覚的にリアルだったなあ。
この修行の時に培われた、師匠とイソップ、そしてマザー・スーとの関係が
その後のウォルトの全てを形作ると言ってもいい。
それは彼を「人間」にし、そしてその後の喜びと苦悩の全ての種となっていく。
それまで人と関係を結ぶことを知らなかった彼が、はじめて慕い、絆を結んだ
人たち。・・・それは「家族」と言ってもいいかもしれないもの。
頭が良くて思索的なイソップが初めて彼に友情を教えてくれた。
悪魔的に強靭で、ウォルトを自分の思うように育て上げた師匠。
彼は父親のような存在・・。そして、マザー・スーは、彼を包み込む母親。
その中で人間としての様々な感情に目覚めていくウォルトの成長は、
非常にドラマチックだ。そして、彼は一生その絆を忘れることはできない。
イソップを思うことで彼は墜落し、師匠を失った辛さが彼を狂わせる。

彼の人生は、まさに飛んで落ちることの繰り返し。
成功と失敗の繰り返し。
彼の幸せは必ず長くは続かない。
せっかく手に入れた家族のような絆も、様々なよこしまな手が
ばらばらに切り裂いていく。
せっかく飛べた空も、オトナになることと引き換えに失ってしまう。
そこからまたともに歩き出そうとした師匠も死んでしまう。
何かを手にいれることは何かを失うこと。
生の喜びには、必ず死や絶望の深淵が隣り合わせにあること。
オースターはそれを執拗に描き出す。

しかし私が凄いなと思うのは、どんなに打ちのめされても、
どんなに叩き潰されても彼がまたそこから立ち上がること。
幼いころに叩き込まれた感覚をくりかえすようだ。
肉体と精神の極限を迎えるときに、ふと身体が静かにもちあがっていく感覚。
自分が自分であることを捨てるとき、絶望にうちひしがれるとき、それは訪れる。
それはこの世の摂理を一瞬越えること。
何もかも振り捨てて浮かび上がるその一瞬を感じることのできる
リアリティが、背筋をぞくぞくさせる。

「リヴァイアサン」を読んだ息子が、「わけわからん」というので、
この物語をすすめてみようと・・。いつもの観念的な放浪ではなく、
身体で全てを会得するウォルトの視点で書かれたこの物語は、
彼の小説を読み慣れない人にも、オススメです。
ハラハラドキドキ。これは物語の醍醐味ですね!

http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=001064












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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
僕の、オースターランキング。

1位 、ミスター・ヴァーティゴ(Mr Vertigo 1994)
2位、 リヴリァイアサン(Leviathan 1992)
3位、幽霊たち(Ghosts 1986)
4位、最後の物たちの国で(In The Country of Last Things
5位、鍵のかかった部屋(The Locked Room 1987)
6位、偶然の音楽(The Music of Chance 1990)
7位、ムーン・パレス(Moon Palace 1989)
8位、ティンブクトゥ(Timbuktu 1999)
9位、シティ・オブ・グラス(City of Glass 1985)

ホントにかなり迷ったので、3位位までしか参考にならないかな・・』
ウォルト
2006/10/24 17:47
僕の、オースターランキング。

1位 、ミスター・ヴァーティゴ(Mr Vertigo 1994)
2位、 リヴリァイアサン(Leviathan 1992)
3位、幽霊たち(Ghosts 1986)
4位、最後の物たちの国で(In The Country of Last Things
5位、鍵のかかった部屋(The Locked Room 1987)
6位、偶然の音楽(The Music of Chance 1990)
7位、ムーン・パレス(Moon Palace 1989)
8位、ティンブクトゥ(Timbuktu 1999)
9位、シティ・オブ・グラス(City of Glass 1985)

ホントにかなり迷ったので、3位位までしか参考にならないかな・・』
ウォルト
2006/10/24 17:47
>ウォルトさん
おお〜!!ランキング!!
私はまだ「ティンブクトゥ」が読めてません・・。
個人的には「孤独の発明」もけっこう上位です。
「偶然の音楽」も好きかなあ・・。「ムーン・パレス」の傷みを伴う感じも捨てがたい・・。って、ほんと迷いますね!!
近々「ティンブクトゥ」でレヴュー書きます。また来てくださいね!!
ERI
2006/10/25 00:04

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