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zoom RSS 貴婦人Aの蘇生 小川洋子 毎日新聞社

<<   作成日時 : 2006/06/29 00:33   >>

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画像「ミーナの行進」を読んでいて、なんとなくこの作品が
気になり、久しぶりに再読してみました。
面白いことに、そう思って眺めるせいか、この物語は
明るく暖かい「ミーナの行進」の裏返しのような世界なんだなあ。

この物語の語り手の「私」は、夫に先立たれ年老いた叔母の面倒
を見るために、彼女の大きな洋館に一緒に住むことになる。
そこには、なくなった叔父がコレクションした膨大な剥製たちが
所狭しと並んでいる、大きな洋館なのだ。そこで叔母は、一つ一つ
の剥製に、「A」と刺繍をしていくのである。
ある日、「剥製マニア」という雑誌の取材と称してオハラといううさんくさい
男がやってくる。彼は、叔母さんを取材し、彼女がロシアのロマノフ皇帝の
三女・アナスタシアではないかという記事を雑誌に書く。
それから、叔母さんのアナスタシアとしての日々が始まる・・。

この物語を書くのに、この洋館の細部を考え抜くところから小川
さんははじめたらしい。大きな洋館、そして膨大なコレクション、
これは小川洋子さんのいつもの風景なんだけれど、この作品で濃厚に漂うのは
「死」の気配だ。なにしろその屋敷の中は、「剥製」でいっぱいなのだから。
この屋敷全体が大きな墓標のようだ。
「剥製」というものを見ると、私はいつもどうやってそれに相対していいのか
わからなくなってしまう。だって、中身は空っぽなんですよ。
なのに、「生きているかのように」再現された剥製。
永遠にそこにあるかのような「死」。
その中でひたすら刺繍する叔母さん・・。
彼女はもう半分「死」の世界にいる。小川さんの静謐な文章は、その
閉じられた世界を淡々と描写していく。音のない、乾いた風がふくだけの
世界。そこにどぎつい「生」の気配を唯一持ち込むのが、オハラだ。
叔母さんは、彼に思い出話を語ってきかせる。まるで自分が皇女・アナスタシア
であるかのように・・。人生の最後に、その「アナスタシア」という役を演じる
ことが、人生の証であるかのように・・。
ブルーの瞳で彼女が見てきたものはなんだったのだろう。
その自分の人生でなく、皇女としてのあれこれしか語らなかったおばさんの
人生が、たくさん「A」の形になって剥製に刻まれる・・。
私は、そのたくさんの陳列に敬意をささげざるを得ない。
わざとらしいオハラのあざとい演出にも負けないくらい、その瞳は美しかったんだなあ・・。
彼女がその瞳でなにを見つめてきたのか、語られないからこそ、そこに
ドラマが生まれる。


「ミーナの行進」の大きな屋敷での、生の暖かさに満ちた世界。
動物がいて、子どもたちがいて、暖かい料理の匂いがして・・。
そして、ハンサムで強い生命力を放つ青年がいて。
この「貴婦人Aの蘇生」は、「叔父さんの不在」を軸に、それらの
生の気配をそっくり裏返したような世界。
動かず、息をしない動物たちと、がらんとした大きな屋敷。
最後まで名前がわからない「私」。そして、強迫神経症を病む
私の恋人・ニコ。彼らは音のない世界にいる、ミーナたちの影絵のようだ。
その二つを思うとき、私はなぜか「永遠」という目には見えないものを思う。
ミーナのような「生」の世界の裏側には、このがらんとした「死」の世界がある。
それをここまで書ききることができるからこそ、あのミーナの世界は
あそこまで美しいんだな、と・・。
湖に映る風景の下に深い水底があるように、小川さんの作品には、いつも
底知れない何かがただよっている。私はその気配にひかれてしまう。
見極めようとするとすり抜けるけれども、ふと目をそらしていると、向こう
からそっと近寄ってくれる・・。その気配を背中に感じながら読む物語は格別だ。

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貴婦人Aの蘇生<小川洋子>−(本:2007年31冊目)−
朝日新聞社 (2002/01) ISBN-10: 4022577002 ...続きを見る
デコ親父はいつも減量中
2007/04/01 17:51

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