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zoom RSS だいじょうぶ だいじょうぶ いとうひろし作・絵 講談社

<<   作成日時 : 2007/01/30 01:08   >>

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画像人に「大丈夫」って、言うのは難しいなあ・・。
と、しみじみ考えたりする、今日この頃です。
この一言を、心をこめて言いたい、と思うことが多いにもかかわらず、
どんな言葉で、どんな顔で、どんな裏づけを込めてこの一言を言えば
いいのか、わからなくなる・・・。
最近、そんなシチュエーションに立たされることが多い。
その時に、しみじみ思う。いろんなしんどさや、辛さの中にいる人に
「大丈夫だよ」と、説得力を持って云える人間にどうやったらなれるんかな、と思う。
一歩間違えれば、安請け合いの軽さになってしまいそうだし。
自分が相手の立場にいたとして、この言葉を不用意にかけられたらどんな気持ちが
するだろうと考えたり。そう思って、出しかけた言葉を飲み込んでしまうことは、
ないですか?私は、多々あります・・。

そんなことを考えている時に、ふとこの本を思い出して、読みたくなりました。
この絵本に書かれている「大丈夫」はとても優しくて、そんな自分の陥る迷路の
霧を払ってくれるような気がします。

この絵本の中の「ぼく」は、いつもおじいちゃんとお散歩しています。
ゆっくりゆっくり、手を繋いで、同じ歩幅で。その中で「ぼく」はたくさんのことに
出会う。幼い子にとって、おじいちゃんと初めて見る世界は、混沌とした
宇宙そのもの。小さくて無限の世界・・・。でも、いろんな事に出会うということは、
この世界の不安も、同時に知ること。

「ひこうきは そらから おちることが あるのも しったし、
 あちらにも こちらにも おそろしい ばいきんが うようよしてるって ことも
しりました  ・・・(中略)・・・  なんだか このまま おおきく なれそうに 
ないと、 おもえる ときも ありました 」


子どもが持つ、この世界や、生きていくことの不安。
幼い頃、私は非常に怖がりで、本当に世界が不安に満ちていた。
高いところが非常に怖くて、ジャングルジム一つ登れなかったし。
虫も本当に苦手で、ありや蚊の一匹にも泣き叫ぶ子だったし。
まず、自分の同級生達が恐ろしくこわかったし。(特に男の子が・・)
近くの公園の大きな木に、いつも一本縄がぶら下がっていて、その縄も
いつも私の恐怖の対象だった。見ていると不安になるのに、見ずには
いられなかったり・・。寝つきが悪くて、いつもたった一人家族の寝息から
取り残される、恐ろしさ。こんなに怖いものばかりで、どうしたら身動きが
とれるのか、そんなことばかり考えていたような気がする。
こんな風に感じていたのは、私だけではなく、きっと多かれ少なかれ
皆一緒なんじゃないかしら。

そんな「ぼく」に対するこの絵本のおじいちゃんの「だいじょうぶ」のパワーは、凄い。
おじいちゃんのつぶやく「だいじょうぶ」が、おまじないのように
「ぼく」の心を助けてくれるのだ。

「だいじょうぶ だいじょうぶ それは むりして みんなと なかよく しなくても
 いいんだって ことでした ・・・(中略)・・・ それは、ことばが わからなくても
こころが つうじる ことも あるって ことでした。それは、この よのなか、 そんなに
わるい ことばかりじゃ ないって ことでした」



子どもだけではなく、大人になってもこの世界の恐ろしさは、小さい頃とは、
形を変えてやってくる。
大人になるにしたがって、自分にはどうにもならない事が、増えてくる。
それは、自分のこと以外のことで悩むことが多くなるから。
また、背負うものは多くなって、したくない付き合いや、交わしたくない言葉を
尽くさなければならないことも、多くなる。いろんな不条理もふりかかる。
この世界が八方ふさがりで、なんだかやたらに疲れたり、しんどいことばっかりやと
思ってしまったり、する。でも、一番辛いのは、目の前にいる、大切な人が苦しんで
いるときに、何もしてあげられない自分がいることやなあ、と。
でも、このおじいちゃんの「だいじょうぶ」を読んでいるうちに、ちょっと気持ちが
落ち着いてくる。このおじいちゃんの「だいじょうぶ」も、今不安になってる、苦しんでる
孫に直接何かをしてあげてるわけじゃない。こっちに行こうと、方向を決めてるわけでもなく、
孫を苦しめるものをやっつけたり、取り除こうとしているわけでもない。
ただ、傍にいて、見守っている、その呪文が「だいじょうぶ」っていう言葉なのかもしれないな、
と思ったんです。見てるよ、傍にいるよ、あなたの苦しみは、やはりあなただけの
もので、代わりに苦しんであげることも、肩代わりすることも、できない。
でも、そのあなたの傍にいるよ、という理解と共感の「だいじょうぶ」なのかな、って。
それは、苦しみの特効薬にはならないかもしれないけれど、じわじわと効いてくる
心の呪文なんかもしれへん。心が伝わる、ということほど人を慰めることは
ないから。それはやはり、「一人じゃない」という、その喜び。

最後に、「ぼく」は、大きくなって、すっかり弱ったおじいちゃんの手を握り、また
繰り返す。

「だいじょうぶ だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、おじいちゃん」

「だいじょうぶ」ということは、寄り添うことやねんな・・・。
こんな、優しい、温度のある「だいじょうぶ」がいえるように、なりたいな。
私は、イラチで、浮き沈みが激しくて、なかなか人に素直に優しくすることが
できへん人間やから・・・。たくさんの人に読んでほしい、とても優しい絵本です。


おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=001179

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2007/02/01 17:54

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