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zoom RSS 彼岸花はきつねのかんざし 朽木祥 学研

<<   作成日時 : 2008/01/17 02:09   >>

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画像小さきものへの眼差し。
この世で、たった一つの、ささやかな小さなものをしっかりと描く眼差しのみが、人がやはり持つ底知れない残虐さに対抗する唯一の手段であると思っています。人を、そこに息づくひとりとして捉えることができない想像力のなさ、鈍感さが果てしない残虐を生んでいくように思うから・・。この物語は、そのかけがえのない命の愛しさと、それを破壊してしまった原爆というものの非情さを、静かに、詩情豊かに描いた作品だと思います。


戦争中の広島。かのこは、四年生の女の子。街中から少し外れた山のほうに住んでいる。ずっとそこに暮らしてきたかのこの家の傍には竹やぶがあって、そこにはおきつねさんが住んでいる。かのこのおばあちゃんも、おかあさんも、おきつねさんに、ばかされたり、狐火を見せてもらったりしたことを、ごく普通のことにして生きてきた。時節柄ますます戦争の色が濃い毎日。でも、そんなとき、かのこは一匹のきつねと出会う。目がくりっとした、可愛いきつねは、かのこにこうたずねたのだ。「あんた、あたしに化かされたい?」・・・かのこと、きつねの子どもの、かけがえのない楽しい日々が始まった・・。



まず、非常に抑えた、静かな語り口で書かれていることに共感しました。私は、大切なことほど、静かに語られねばならない、と思っています。かのこちゃんときつねが、少しずつ距離を縮めていく過程が、詩情豊かな
日本語で綴られていく。朽木さんの文章は、過不足ない、読んでいて心にすっとなじむ気持ちよさ。こういう物語は、文章の緊密度が、とても大切です。これという粗筋がない分、文章の力で物語を支えなくては、ならない。かのこちゃんが過ごしている、おばあちゃんやおかあさんとの毎日。ずっとかのちゃんの家のそばにある竹やぶのように、そこに根を張って生きてきた命の歴史の上にある、かのちゃんの豊かな毎日。おきつねさんも人も、いい距離を保って共に生きてきた、豊かな心のありようが息づいている場所の磁力のようなものが、きちんと書き記されています。手つなぎ鬼。れんげ畑。オシロイバナの首飾り。遊ぶことが生きることそのもののような、幼い日。かのちゃんは、きつねの耳がひっかからないように、きつねの毛皮の色に映えるように、考えて大きめの首飾りをつくる。そんな優しさを、きつねはちゃんとわかっている。


この、おきつねさん、という妖力を持つにはまだまだ幼いきつねがとても可愛らしく生き生きと描かれています。朽木さんの物語に出てくる動物達は、いつもなんとも可愛らしい愛しげな様子をしているのですが、このきつねは、「かはたれ」の河童の八寸に負けず劣らずの可愛さ。この子がねえ・・猫莫迦を押して言わしてもらうと、うちの猫に似てるんです(笑)無心に遊んでる様子とか。ちらちらっと見せる、無邪気さとか。かのことひめじょおんの中で走り回るきつねの姿には、生きる喜びが溢れているよう。今、生きて、ここにある喜び・・・。だからこそ生まれる豊かな感情。うちの、猫の表情を見ていても、この小さな体のどこに、こんな豊かな感情が眠っているのかしら、と不思議になります。この心は、どこからやってきたものだろうと、その命の瑞々しさに心が震えます。そして、思うんですよ。こんな小さな猫に、これほどの心情が宿っているのなら。一体、この世の中は、どれほどの思いを宿して命を巡らせていることかと。

ところが、この幸せは長くは続きません。あの日・・たくさんの命を奪ったたった一発の爆弾が、かのこときつねを襲ったから。かのこは腕に大きな傷を負い、まわりのたくさんの人が死に、そしてその後、かのこはきつねに会えなくなった。この原爆の日のあとを描く朽木さんの筆は、ますます冷静に、抑えた口調になります。そこに、作者の静かな怒りと、悲しみが深く込められていると私は思っています。詳しく語らずにいることの中に、それはそれは無限の気持ちが詰まっていること。そこから声高になりそうな構成なのに、かえって抑えられている文章の静けさの中に、人がはらんでいる狂気への静かな怒りが満ち満ちていること。傷ついたかのこを、どうやら小さなきつねは探していたらしいとかのこはおばあちゃんに聞きます。


死体の頬を、一つ一つ確認しながら歩いていたきつねの心。それを思うと、泣けて仕方なかった・・。どんなにか幼い心にその光景が恐ろしかったことか・・。そして、このきつねと、あの日・・恐ろしい熱と光に焼かれて死んでいかなければならなかったたくさんの幼い命が重なります。焼け跡をさまよい、白い彼岸花を探して走っていたきつね。かのちゃんが見なかった恐ろしい光景もたくさん見たでしょう。その目にうつったものの重さと苦しみが、そっと置かれた彼岸花に集まっているようでした。きつねが、かのちゃんのところに帰ってくる日は、あるのでしょうか。あの日たたれてしまった命の連鎖は、もう二度と戻ってこない。その重みが、ひっそりと心に落ちました。

決して派手な本ではないけれども。広島の被爆二世であり、この物語を、どうしても書きたい、書かなければと思われた朽木さんの願いが、いっぱいに詰まっています。子どもが、子どもらしく生きていける世の中であってほしい。毎日のささやかな暮らし・・それこそが生きている証であるおだやかな営みを、どうか奪わないでほしい。それを理不尽に踏みにじることの残酷さを、知ってほしい。静かに、詩情豊かに語られるからこそ、伝わってくるその心を、そのまま味わってほしい一冊です。ささやゆめきさんの挿絵も表紙の絵も、とてもいい。命の輝きを写して、ぴかっと光っています。作り手の熱意が伝わる本って、いいですね。小学校中学年から・・となっていますが、子どもさんももちろん、大人の方にもぜひ読んでいただきたい本です。



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『彼岸花はきつねのかんざし』
『彼岸花はきつねのかんざし』 著 者: 朽木祥出版社: 学習研究社 発行年: 2 ...続きを見る
会社ともおの読書日記
2008/01/24 12:06

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